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気になる山下茜里さん

木津川アート2023

先日出かけた「木津川アート2023」のアート散歩では、山下茜里あかりさんというアーティストの作品が印象に残り、帰ってからも気になっていた。

展示作品が「好き」というのではないが、インパクトが強すぎて忘れられない。そこでもう一度写真を見ながら思い出してみようと思う。


旧ボタン工場

「木津川アート2023」では、木津川市を舞台にして13のポイントに作品が展示されていた。

山下茜里さんの作品は、ポイント❽「旧ボタン工場」と❾「旧小尾邸」にあった。
ゆったりとした道路の左右に、目を引く企業の建物や新築住宅などが並ぶ通りから少しそれると、古い家並みが残る旧奈良街道に入る。
旧ボタン工場はその道沿いにあった。辻岡釦工場というのがかつての名前だった。

この地では、明治時代からボタン製造が始まり、最盛期には十数軒の工場や商店があったという。このボタン工場も約20年前まで稼働していたそうだ。全盛期には70人の工員がここで働いていたが、今は古い建物とかつて使用していたボタン研磨機などが残っているだけだ。


妖しい赤と見つめる目

戸口から中に入り、入口の土間から奥をのぞく。

左手に棚があり、何やら赤いものがぶら下がっている。

棚には古い時計や革カバン、秤などとともに、気味悪い「赤い手」が棚からぶら下がり、生えている。

これが山下茜里さんの作品だった。しかしこの時はまだ「気持ち悪い」という印象しかなかった。

棚の正面に、2階に続く狭くて急な階段がある。階段を上りきると、そこは天井裏のような板敷きの部屋で、正面に明かり取りのガラス窓があった。窓の上には赤い目玉がいっぱい貼り付いている。
右側には小部屋があり、その入口の周囲も奇妙な目玉で囲まれている。

いったいこの目玉は何なんだ! 無数の目玉がこちらを見つめている。うす暗い小部屋の中をのぞくと、そこはもとは物置なのか、段ボールや竹籠などが雑然と放り込まれている。床には黒とベージュのボタンが散らばり、よく見ると、あの「目玉」が一つ。

板敷きの左手は奥に長細い部屋になっている。左右の壁にガラス窓があり、光が差し込んでいる。天井からは裸電球が一つ。
この天井の低い部屋は「厨子二階つしにかい」と呼ばれるものだ。かつては物置や、使用人の寝泊まりに使われていたのだろう。

天井板に貼り付けられた目玉は、いったいいくつあるのだろうか。楕円形の眼球にはくっきりとした瞳がある。どれも血管のような模様のある赤い布で覆われている。

床は、かつてこの工場で作られたものと思われるボタンの海だ。まるで貝殻が敷き詰められているようだ。

かつてはこの場所で製造されていたボタンは、いま息を吹き返した。奥に見えるのはボタン製造の機械の一部だろうか。日本では、長い年月を経た道具などに精霊が宿るという信仰があった。付喪神つくもがみだ。この工場で働いていた人々の多くは、すでに冥界に旅立っていったが、取り残された器物の霊は留まり、赤い目玉の発する力に呼応して、いま命を蘇らせる。

息苦しくなって、再び階段を下りる。廊下の外は開けた中庭になっている。日の光が懐かしく心地よい。


小尾おび

旧ボタン工場を出て、奈良街道を北に向かう。左手に幣羅坂へらさか神社という古い神社がある。そのすぐそばに旧家があった。これが旧小尾邸だった。

戸口を入ってすぐ右側を見ると、古い茶箱がいくつかあり、7~8体の赤い妖怪のような「生き物」がいる。

旧ボタン工場の棚からぶら下がっていた赤い手は、この生き物と同じものだったのか。からだは自由自在にくねり曲がるようだ、丸い大きな目でこちらを見ている。スパイダーマンやETを思い浮かべる。古い家に棲み着いた精霊が人の形をとって現れたのだろうか。ぶら下がる赤い手は気味悪かったが、こちらは愛嬌がある。

木箱には「茶問屋 上小尾製」「宇治茶製造直賣 上小尾製」「山城相樂郡木津町」という文字が書かれている。かつてこの辺りはお茶の集散地で、まわりの地から集められたお茶を精製加工して、木津川・淀川の水運によって神戸へ、そしてアメリカやイギリスに輸出したという。この旧小尾邸は茶問屋だったのだ。
空っぽになった茶箱は、今では赤い精霊の住み処になっているのかな。

戸口の左側は通りに面した和室だ。ガラス戸が開けられていた。赤いカーペットの上に重ねられた畳が見える。

中から見るとこんな風景だった。

もう少し拡大して見ると・・・。

赤いカーペットと思ったものは、あの赤い生き物と同じ「血肉生地」で作られていた。ところどころに「目」がある。
部屋の隅の角が反り上がった1枚の畳、部屋の敷居に重ねられた2枚の畳。これらは何を意味するのだろうか。かつて人が住んでいた証だろうか。畳を捲った下から、この家の精霊が姿を現す。


〈山下茜里さんの official website 〉


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