価値観の違い~夫婦編~
1,子どもが「学校を休みたい」と言った時
休ませようか、励まして行かせようか。
休みが続いたら学校に戻ることを目指そうか、学校以外の学び方に変えようか。学校外だったらどんな学び方をしようか。
いろんなことを決めていかなければいけない時に夫婦間、家族間の価値観の違いで意見が合わないことがある。
私はたまたま子どもが不登校になる前からTwitterをやっていた。本人が学校に行きたくないと強く言い出した時に、いろいろな人の考えにふれて、参考にさせてもらっていた。
TwitterのTL上はたくさんの思い・考えを目にすると思うので、あれこれその通りに受け入れようとするときついと思う。
正しいものを選ぶというより自分との相性の良さで選ぶ
私の場合は、今はいろんな考えにふれるのはちょっと控えてた方がいいなという時があるので離れたりしてバランスを取っています。
Twitter上でも「夫婦間で夫が子どもの選んだこと(不登校など)を受け入れられない」というお母さんの悩みが結構あるんだなと知りました。(逆のケースも見かけたこともありました)
2,我が家の場合
我が家の場合の話をしようと思います。
娘コマコが「学校に行きたくない」と言い出した時の私の率直な気持ちは
「いつか来ると思っていたけれど思ってたより早かったな」(小1)。
特にうちの場合、保育園でも行き渋りや続けて数日間休んだことがあったり、日頃の娘の性格を見ていて、いつか不登校になる可能性が高い個性だろうなと感じていた。
一方夫は「まさか自分の娘が不登校になるなんて」とショックが大きく。
「これからうちの子はどうなって行くんだろう」という不安と心配。学校を休み続けることは賛成できないけれどしょうがないから黙認。
そして娘が学校を休み始めて、夫は家の中でピリピリし始めました。
そのピリピリしている父親をみて娘はつらそうでした。
なかなか夫婦だけでじっくり話し合う時間を作るのは難しく…
まず子どもがずっと家にいるので子どもに大人の話を聞かせないで話し合う時間が作りにくい。
子どもがやっと寝たと思っても一日の疲れが出て夫婦で話し合う余力が残ってない日が多い。
夫婦で話し合いたいことはあるのに、時間をお互いに作れず、今まで仲のよかった父と娘に不穏な空気が流れる毎日。
夫は
「こんな早い年齢で不登校になるなんて(やわだから)この先社会じゃやっていけない」とも思ってました。「鍛えなきゃ」くらいに。
最初は(朝など)ほんの数分の時間で話したり、この本を読んでみてほしいとか、そっと目に付くところに本を置いてみたり。
コマコは学校に行かなくなってから「こんなことがあったんだ」ということを以前より多く話すようになり、彼女が学校に通っていた時に聞いていたことよりももっとつらいことがあったことも分かっていき(初めて聞くことも多くて、今もまだ聞けてないままなこともある)
それをこんなつらいことあったみたいとちょっと夫の耳に入れたり…
でもこちらから話し合える?と聞いても疲れてる、またにしようと断られるとだんだん悶々としていらだつ自分。会話がお互いにとげとげしくなったり。子どものこと以外でもぶつかったり。いろいろあった…気がする。
この頃も私の救いはやっぱりTwitterで知り合った人たちでした。
子どもと一日中二人っきりの中、孤独にならなくてすんだ。
3,私の背中を押してくれたある人の言葉
Twitterの出会いの中で「休ませよう」と決意できたきっかけが一つある。たまたま学校を休ませるかを迷ってた時に出会った「無敵の母さん」の言葉。
「子どもは安心が満タンになったら必ず動き出すから!大丈夫」
無敵の母さんもお子さんの不登校を経験し、
「子どもたちの笑顔のためにまずお母さんたちを笑顔にしよう」と
いろいろなチャレンジをしている人。
https://twitter.com/mutekinokasan
「よし休もう!」と私が言ったときの娘の顔は一生忘れられないと思う。
すごくほっとして嬉しそうな顔で「ありがとう」と…
4,夫婦で話し合ったこと
そして学校を休み始めて2.3週間過ぎた頃だろうか…やっとまとまった時間、夫婦で夜遅く話し合いを。
夫は「しばらく休むことは賛成だけれど今の学校じゃなくてもいいから学校にはいずれ通ってほしいこと。」
私は「本人が学校に戻りたい、(他の)学校に通いたいと思うようになった時は応援したいけれど、行きたくないならこの先ずっと行かなくてもいいと思っていること。」
という考えの違いから話し合いはスタート。
私が夫にわかってほしいことを話したことの方が多かった。
1,心配な気持ちもよくわかるけれど、あまり心配な気持ちを本人に強くぶつけちゃうと、子どもは自分のことを信じてもらえてない。自分は信頼してもらえないようなできない人間なんだと思っちゃうこと。
(これは私の父が超のつく心配性な親で私は自分は自分でできない人間なんだと感じながら育った経験から伝えた)
2,HSCの気質の説明。
3,まずは本人が少しでも家で笑って過ごせるように他愛のない話しながらみんなで楽しく過ごそう。
というような話をした。
夫は落ち着いて聞いてくれて、それから時間を見つけ本を読んでくれたりもした。
でも「いつか学校に戻ってほしい」考えと「これからも本人が行きたくなるまではいい」考えは違うままで過ごしている。
この小2の一年間は家で過ごすことに決まったけれど、「いつかは学校に戻ってほしい夫」といずれまた話しあうことになるだろう。
そのことが私が学校の大量のプリントを見て焦ったりしてしまったことにもつながっているのかもしれない。
少しずつ夫のピリピリもなくなっていき、娘もほっとしたのか前のように夫に普段通り近づいたり話しかけたりできるようになり、家の中は今までのような空間になった。(親子ゲンカする元気も出てきた)
夫婦の間では「子どもが元気に過ごせるように」というところでは一致・協力しているけれど、まだこれからもいろいろあると思う。
娘には「学校でも」「学校じゃない場所でも」あなたが今の自分で幸せって場所ならどこでもいいよ。「何を選んでもあなたなら大丈夫」と伝えている。
価値観の違いは祖父母、義理家族もいろいろ…この話もいずれ書いてみたい。
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