書評・村上龍『テニスボーイの憂鬱』

小説の書評って書いちゃうとネタバレになっちゃうし、なんだか野暮な感じなので、僕の好きなシーンやセリフをただただ書き連ねていきます。

テニスは、完璧だ。ネットをはさんでベースライン上に向かい合うと、人間と人間が関係を持つとはこういうことなのだという距離がよくわかる。相手はもちろん視界の中にいる。顔も見える。だが、相手の表情から心理状態を読み取れるという近さではない。テニスでは、相手の姿はかすんでいるのだ。そこにイマジネーションが生まれる。相手がわからないという恐怖と不安から、想像力が駆使されることとなり、自己に対する深い洞察力が芽生えることになるのである。
テニスだけは欠かさなかった。テニスコートだけはいかなる時でも別だった。テニスコートは精神を中和させる場所だ。人はテニスコートで興奮することはできない。だがテニスコートでダウンすることもない。テニスコートは精神をニュートラルな状態にする。
人生はテニスのシングルゲームと同じで、誰かが誰かを幸福にすることなどできない。他人にしてやれることなど何もない。他人のことをわかってやるのも無理だ。他人を支配するのも無理だし、支配されることもできない。人生はシャンペンだけだと思うか?そう吉野愛子は聞いた。そうシャンペンだけだ、そう答えればよかったとテニスボーイは今思っている。シャンペンが輝ける時間の象徴だとすれば、シャンペン以外は死と同じだ。キラキラと輝いていなければ、その人は死人だ。キラキラと輝くか、輝かないか、その二つしかない。そして、もし何か他人に対してできることがあるとすれば、キラキラしている自分を見せてやることだけだ。キラキラする自分を示し続ける自信がない時、それは一つの関係が終わる時を意味する。
「何か思い出の曲を作りたいわね」吉野愛子はそう言って「蜜の味」をリクエストしたのだった。ブラジルへ行くまでに「蜜の味」を百回聴こう、テニスボーイはそう決めた。店を出る時、愛する女が死ぬのと、気が狂うのとどっちが辛いと思うか、と郡城が聞いた。わからない、とテニスボーイは答えた。そして450SLCに乗り込んでから、バカ野郎、人生はシャンペンだけなんだぞ、と呟いた。
灯りの消えた小児科医の待合室で、ヨシヒコと吉野愛子とどちらが大切なのだろうか、と考えた。答えはすぐに出そうだったが、恐くなってやめた。そういうことを考えなくてすむような生き方をしたいと思った。そのために必要なのは、興奮と狂気の可能性だ。
コートには何一つ余分なものはない、とテニスボーイはいつも思う。ラインとネットとボール、そして向こう側に立つ優しい敵、これだけ簡潔に美しく緊張して人生を過ごせたらどんなにいいだろう、歓喜も快楽も失望も敗北もその中にある。だが、嘘はない、テニスコートの外は嘘だらけだ、俺はフィリピン人のダンサーのところにハンカチを受け取りに行かなかったし、別れても忘れないよと吉野愛子に言った。全部嘘だ。本井可奈子と二人でベンチに座り、コートで揺れる椰子の葉の影を見ながらパイナップルジュースを飲む。上気した美しい女が微笑む。南国の夕陽は空を信じられない色に染め上げる。完璧な一日だ、とテニスボーイは思った。
可奈ちゃん、俺はきっと違うよ、もう気づいちゃったんだ、前の女の時にね、気付いてしまった、美しい時間はとても短い、理解し合うのが苦痛になるときが来る、若い娘をギューっと抱きしめるよりも快感が大きいことがあって、例えばウインブルドンの決勝でマッケンローがボルグを破って歓喜のあまりからだを折り曲げ両手を空に突き出すといったそんなことだけど、そんなことの可能性を捜しとかないとそれこそ女だけになってぞっとするような寂しい目に何度も見舞われるってことが、わかったんだ。
いつもキラキラしていろ、他人をわかろうとしたり、何かをしてあげようとしたり他人からわかって貰おうとしたり何かしてもらおうとしたりするな、自分がキラキラと輝いている時が何よりも大切なのだ、それさえわかったいれば美しい女とおいしいビールは向こうからやって来る。

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丸本貴司

書評

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