古河こま
その国では、国王が絶対的な権力を持っており、民に自由はなかった。ある日、理不尽な罪で捕らえられた少年少女たちはみな死刑執行を待つ身であったが、反国王勢力の革命が起きて助け出される。国王は死んだが、それですべて解決するわけではなく、やがて反国王勢力の中で主導権争いが始まり、物語は血の匂いを纏ってゆく。そのなかで最後に主人公が選択する行動は。正義とは。罪とは。罰とは。
生きることは、ひとり水の中を揺蕩うこと。たしかに、それはそうなのかもしれない。でも、でも本当に、生きることは孤独なのか。
自分語りのような小説を書きます。終わりはまだ見えません。背景は壁に囲まれた自分という、この小説のイメージです。
私と優は、なんとか敵に見つからずに兄貴たちと会うことが出来た。 そして、そこで恐るべき、信じがたい惨劇について聞かされることになった。 知りたくなかったが、目を背けることは出来なかった。 耳をふさぐことも出来なかった。 私たちは、もう子どもではないのだから。 色々なことを知らなければならないのだから。 兄貴は淡々と告げる。 桃がテロリストになり、兵士を率いて反旗を翻した。 その経緯はわからない。桃が故宮の兵士に合流したというところまではまだ理解できる。しか
俺たちが涼の兄貴と一緒に働いてるなんて、ちょっと前じゃ想像もできなかった。俺はただの高校生だったし、革命軍なんてちょっと怖いって思ってたからさ。 でも一緒にいるうちに、すごく気のいい人たちばかりだってわかったし、ここでの生活もなかなか楽しいもんだ。 井口さんという人とは特に気が合う。 大学生なのに悪ガキみたいなひとで、涼にも優とそっくりだねなんてからかわれた。まあ学校なんか退屈だったし、いまは臨時雇用のお手伝いってかたちだけど前よりやりがいがあってよっぽど楽しい。
捕虜の視察が終わり、出口まで革命軍メンバーの山内が見送ってくれる。 「本日はありがとうございました。簸川さん、お気をつけてお帰りください。」 山内の言葉は普段通りだが、俺はその裏側にあるものに気がついてしまっていた。 「ああ。山内もお疲れさん。」 あくまで笑顔で、自然に答える。 今日の出来事を思い返すと、どうしても笑顔が引きつりそうになるのを必死で堪える。 捕虜を収容している故宮は、不穏な空気に満ちていた。 そしてそれを隠そうともしていないようだった。 捕
俺は元内務省、現臨時政府の一室の椅子に深く腰掛けている。 ここはリーダーである簸川さんと俺の合同執務室として設えてもらった部屋だ。 革命が成功して3日がたった。 見込んでいたとおり、国王軍の兵士はろくな訓練もされていなかった。 やつらは、武器の面で劣る一方で高い士気を持った革命軍を前に臆病風に吹かれて降伏し、大きな戦闘もほとんど発生しなかった。 精鋭部隊であるはずの近衛兵も国王を守るどころか見捨てて逃げ出した。革命の終わりはなんともあっけないものだった。 これ
1週間ぶりに家に帰ったあたしは、メガネを外し、ベッドに寝転びながら、なんだか現実感がないような不思議な感じを味わっている。 よくわかんない罪で逮捕されて、助けが来て解放されるなんて漫画みたいな話だ。 それにしても。涼のお兄さん、カッコ良かったなあ。涼はあんなお兄さんがいていいなあ。きっといい家族がいるんだろうなあ。いいなあ。 あたしが帰ったとき、家族は特に喜んではくれなかった。 むしろ、自分の家が兵士から睨まれることになるのではないかと、厄介なやつが帰ってきたなと
ここに捕らえられてから5日が経った。 わたしたちはまだ生きている。 しかし、決して楽観視できる状況ではない。 いつ死刑が執行されるかわからないのだ。 明日生きていられるかどうかわからない状況というものは、人の精神を極端に摩耗させ不安定にさせる。 わたしたちは、会話の量が目に見えて減った。 誰の精神にもそんな余裕がないのだ。 無理もない。わたしたちは一介の高校生で、なにか主義主張にもとづいて行動してきたわけでも、死してなお残したい高邁な理想があるわけではない。
この国はクソッタレだ。いままでもずっとクソだったが、今日ほど強くそう思ったことは無かったよ、ホント。 この国を牛耳っておられる国王様ってのは、そんなに偉いのかね。 俺みたいな下賤の民なんかは会ったこともないから、そのありがたみってもんがわかんないんだよな。 俺はいま、刑務所にいる。空が狭いよ。刑務所の窓に切り取られた空ってのはこんなに味気ないんだな。 部屋の中も殺風景で、物は毛布と食器くらいしかないよ。つまんない部屋だ。 そんなに広くもない部屋に五人もいる
唐突な覚醒。すっかり寝てしまっていたらしく、もう夜の2時を回っている。嫌な夢を見た。この時間に寝てしまうと朝までなかなか寝付けないなあ、とひとりごちながらテレビをつける。通販番組ばかりだ。いつも思うのだがこの時間にやっている通販番組はいったい誰が見ているのだろう。マクラや枝切バサミなど、まったく興味のない商品が紹介されていくのをベッドに寝転がりながらボーッと見ている。はやく眠くならないだろうか。 3時になってしまった。まったく眠くならない。明日は仕事がない。明後日も
わたしは失敗した。プロジェクトは破綻した。当たり前だ。みずからが主導するプロジェクトについて、なにもわかっていなかったのだから。周りからの期待に応えたい、その一心でその場をしのいできたのだから。「優秀なわたし」という虚像は脆くも瓦解し、ありとあらゆるひとびとの失望を招いた。そして目の前の壁にぶつかって死んでしまったわたしには、もうなにと戦う力も残っていなかった。数ヶ月間、無気力に会社に在籍しつつ、遅刻と無断欠勤を繰り返し、退職した。わたしには味方はいなかった。誰に頼ることも
いままでひとに教えてもらうということを恥ずべきことだとみなしてきたわたしの自尊心は、社会人になっても変わることはなかった。給料をもらっているのに、とか社会人は学生とはちがうのだから、とかその手のお説教は耳にタコができるほどに聞き飽きた。現実として、わたしはわからないことをわからないままにした。上司や先輩は一を聞いて十を知る様子の新社会人のわたしを高く評価した。しかし、夢がいつか醒めるように、ぼろもいつか出るものだ。ひとつのことをわからないままに進めようとすると、連鎖的に次か
外では雨音が一層強まり、一定のリズムを刻みながら、記憶のリフレインを促している。わたしは自室のベッドで横になってまどろみながら、昔のことを思い出していた。 わたしはいつだって手を伸ばすことをしてこなかった。一生懸命がんばってなにかを掴み取ろうとはしてこなかった。その代わりに、がんばっているひとたちには嘲笑で応えた。そして、誰に対しても手を差し伸べることもなかった。わたしは誰かに頼らずとも、勉強も運動もそつなくこなすことができた。わたしはわたしだけの世界をひとり漂泊しなが
「またのお越しをお待ちしております」というボーイの声を背中で聞きながら、わたしは店をあとにした。相変わらずの雨はわたしの気を滅入らせた。1時間で3万円。痛い出費であることは間違いない。毎日の食費を少しずつ削り、会社の同僚との飲み会などを断って捻出した3万円だ。わたしは、昔どこかで聞いた「射精は一瞬の死である」という言葉を思い出していた。1時間といいつつ、その実は一瞬の死のために、なけなしの3万円を使い果たしたわけだ。店に入ったときと同様のどうしようもない気持ちを引きずりつつ
雨のそぼ降る新宿・歌舞伎町。曰く、不夜城。曰く、欲望の渦巻く街。忙しげに行き交う人々。どこまでも続く雑踏。明滅するネオン・ライト。呼び込みの声は絶えない。しかし、なぜだろう。喧騒と静寂が交差するような一瞬があるような気がする。わたしは雨で滲んだネオン・ライトを眩しげに見つめながら歩いている。この街では、みんなが一瞬の快楽を求めて彷徨っているようにみえる。男も女も愛に飢えている。男は金を払って愛を買い、女は金を払って愛を売っている。みな寂しいのだ。心の穴を埋めたいから、金で愛を
滔々と水が流れていく。清く、涼やかな水だ。それは滾々と湧き上がり、溜まることなく、淀むことなく流れていく。木々の緑を溶かし込んだ色で、柔らかな日差しを浴びてキラキラと輝いている。 わたしは水の流れを見ている。試みに、足元に落ちていた木の枝を差し込んでみる。 水は木の枝にぶつかり、一瞬だけ動揺を見せ大きく盛り上がるが、すぐに冷静さを取り戻して流れ下っていく。 わたしは水が好きだ。その透き通った美しさは宝石にも比肩する。その柔らかなあり方を大変好ましく思う。まさに、老子が「上善は
世界は白いもやで覆われている。どこまでも静かで眠たげで、生まれてくる前のような世界。そのなかで、動いているものがたったひとつ。 ゆらゆら。 なにかが揺れている。水の中を揺蕩っている。それは目をぎゅっとつむって、小さな身体を折り曲げている。なにか恐怖に堪えているようにも見える。 ゆらゆら。 それは弱々しい光を放ちながら、水の流れに身を任せている。時折強い流れにさらわれて、それは為す術もなく流されていく。 ゆらゆら。 周りにはなにもない。誰もそれを助けない。誰もそれに気がつかな
今日、わたしは25歳になった。なってしまった。もう取り返しがつかない。25歳にもなって斜に構えて気だるそうにアンニュイな表情を浮かべていても、なんだかお話にならないという感じがする。この歳になると、誕生日など嬉しくもなんともない。今日したことといえば、ドラッグストアぱぱすで歯ブラシとひげ剃りの替刃を買いに行ったことだけだ。なんなら普段の生活よりも悪い。なによりも25歳という年齢が絶望的である。24歳かもしくは26歳だったらよかったのに。25歳とは、20代と30代との中間だ。