鬼滅で最も哀しい男、不死川実弥

!!この記事は最終巻までのネタバレを含みます!!


『鬼滅の刃』では、キャラクターのほとんどが家族を鬼に殺され、または尊厳を人間に踏みにじられている。
主人公の兄妹はもちろん、猗窩座や謝花兄妹など、みなそれぞれ悲しい過去を背負っている。

なかでも私は、風柱である不死川実弥が、最も哀しい男であると思う。
以下、彼の背負った深い哀しみについて語る。意地悪い書き方もするが私は彼のことが大好きなので、好意的に読んで頂きたい。


実弥は貧乏な大家族に生まれ、父親からDVを受けて育つ。その父親は殺され、玄弥と2人で家を支えていくと約束した矢先、鬼に変えられた母親によって下の弟妹たちを殺され、自らその母を手にかけることになる。唯一残った玄弥に「人殺し」と責められ、ひとり鬼殺の道へと進む。鬼殺隊に入るきっかけとなった親友も死に、最後には弟にまで先立たれる。
なによりも幸せを願った弟の体が崩れて消えてゆく様子に取り乱し泣き叫ぶシーンは、涙なしでは見られない。不死川実弥の「悲しみ」は弟の死を抜きには語れないが、もうひとつ、彼を哀しい男たらしめているものについて述べたい。ずばり、それは彼の愚かさである。


実弥は不器用で暴力的で思考力が乏しく、そのために哀しく空回っている。不死川兄弟は2人して、彼らが忌み嫌ったであろう実の父親に、哀しいくらいそっくりなのだ。
もちろん、彼の愚かさは彼自身のせいではない。FB2で明かされるが実弥は字が書けないらしい。家庭環境から察するに、きちんとした教育を受けていないのだ。


自分を追って鬼殺隊に入った玄弥に対し、実弥は「俺に弟はいねェ」「鬼殺隊やめろォ」と辛くあたる。玄弥が鬼食いをしていると知ったときはブチ切れて目潰しをしてまで辞めさせようとする。当然炭治郎からは責められ、善逸からは異常者扱いだ。

そして上弦の壱戦で、玄弥の死の間際になってようやく兄弟は和解する。

胴体と泣き別れにされた玄弥の前にしゃがみ込み、実弥は初めて本音を語った。
「お袋にしてやれなかった分も、弟や妹にしてやれなかった分も、お前がお前の女房や子供を幸せにすれば良かっただろうが。そこには絶対に俺が鬼なんか来させねえから……」
弟を守る姿はめちゃくちゃカッコいいし、台詞もめちゃくちゃいいお兄ちゃんで最高の場面だ。私もこれを読みながらボロボロ泣いた。

しかし、実弥のこれまでの行動に照らして冷静に考えるとこのセリフは突っ込みどころ満載なのである。

鬼にされた母親を自分の手で殺めることになってから実弥は鬼殺を始めるわけだが、「唯一残った大切な弟の幸せを壊されることのないように」という動機ならば、手段として間違っている。
鬼さえ来なければ玄弥は普通に生きて幸せになれたのか?そんなはずはない。ただでさえ貧乏な家庭の出で、父も母も死んだのだ。加えて兄である実弥が家を出てしまったら、天涯孤独になって極貧にあえぐこと間違いなしだろう。そもそも鬼が幸せを壊すこと自体極々レアケースである。鬼の存在は一般に周知されておらず、「鬼が出た」と訴えた冨岡義勇が「気が狂った子」扱いされるほどなのだ。普通に生きていれば今後は2度と遭遇しないだろう鬼を滅殺するために人生を賭けるのではなく、玄弥とともに家族のままで居るべきだったのだ。

そうはいっても、母親を殺めて「人殺し!」と言われてしまった以上、弟に合わせる顔がない、と考えて縁を切りたくなる実弥の気持ちもごく自然である。鬼を幾つも殺し、鬼は悪い生き物だ、そう自分に言い聞かせなければ、生きてゆけなかったのだろう。

しかし鬼殺隊として生きるにしたって、玄弥には普通に家族を作って幸せになって欲しいなら、突き放すだけではなく、たとえば自分の柱としての給与により金銭援助してやって、幼くして親なしとなった彼が不自由なく暮らせるようにしてやるとか、手段はあったはずだ。

だが実弥にはそこまでの理性がない。弟の幸せを心から願っているのに、目潰ししてでも鬼殺隊から追い出すことにしか考えが及ばなかったのだ。

さて、そんな実弥が珍しくド正論を吐いた場面がある。親友だった匡近の殉職後、お館様に食ってかかるシーンだ。
「白々しいんだよ鼻につく演技だぜェ、隊員のことなんざァ使い捨ての駒としか思ってねェくせに」

実弥の指摘する通り、鬼殺隊のシステムにはいささか問題がある。
まず最終選別の時点で犠牲者が多すぎる。育手によって訓練を受けた未来ある子供達が隊士にもなれずにバッサバッサ死んでいくのだ。落選=死を意味するので2度3度のチャレンジも許されない。鬼殺隊がまともな機関なら、選別は死人が出ない方法で行い、何度も受けられるようにするだろう。
しかも藤の山をきちんと調査することなく何十年にわたって使用し、手鬼を放置したことで結果的に錆兎という優秀な隊士の卵まで失っているのだ、生きていたら柱になっただろう人物だというのに…

それから隊士の派遣について。別の作品を出して申し訳ないが、たとえば呪術廻戦では呪霊(鬼滅でいう鬼)の強さのレベルを事前に調べる補助監督がいて、十中八九勝てる実力の術師しか派遣されない。もちろんバグが起きて死ぬことはあるのだが、犠牲者をなるべく増やさないそのシステムこそが肝要だ。
ところが鬼殺隊はどうだ。那田蜘蛛山で一般隊士がドカドカ死に、そこにさらに炭治郎らが突入する。冨岡と胡蝶が駆け付けたのが間に合わなければ全員死んでいただろう。鬼のレベルを把握せずに突入させすぎだ。予想外の死人が出たら迅速に撤退を勧めるべきだ、なんのためのカラスだ。
無限列車でもそう。「短期間のうちにこの汽車で40名以上が行方不明となっている、数名の隊士を送り込んだが全員消息を絶った、だから柱である俺が来た!」と煉獄さんは語るが、そんな曰くつきの列車なら初めから柱を送り込むべきだ。初めから柱が無理なら2人目からでも。骨すら残らなかった数名の隊士が無念でならない。


産屋敷家は隊士の死を悼むわりに、犠牲者を最低限に留めようとする運営をしない。これはサバイバーズ・ギルト(自分だけが生き残ったという罪悪感)により隊士が一層奮起することを狙っているとも言われている。

つまり実弥の「使い捨ての駒としか思ってない」という指摘は的を得ているのだが、しかし、お館様が死んだ隊士の名前を全て把握しているという事実を知らされ、実弥はあっさり懐柔されてしまう。結局ここでもアホの子が露呈してしまった。
「名前を覚えてるからなんだってェんだァ、匡近みてェな死に方する隊士がこれ以上増えねェように、もっと対策を練れんじゃねェのかァ!」くらい吠え散らかしていたら、鬼殺隊の組織改革も進んだのかもしれない。

まぁ無惨戦での「肉の壁」から察するに、命の軽さもこの作品における美徳の一つとなっているので、実弥がそのように言い返すことはメタ的に言えばありえないのだが。

そんな実弥が命をかけて守りたかった弟は、母と同じく鬼の身体となって崩れて死んでいく。兄が弟を守って死ぬ展開はよくあるが、あえて弟に先立たせるという血の涙もない展開こそが鬼滅クオリティだ。
鬼殺隊最強(27)、鬼殺隊NO.2の実力者(21)、若手柱(14)、才能のない一般隊士(16)の4人で戦って、14歳と16歳から死んでいく。「強い奴は生き残る、当然だよね」を本当にやりやがった!(泣) 潔すぎるし辛すぎる。

たしかに強かったのに、守りたかった全ては何一つ守れずに自分だけ生き残ってしまった不死川実弥。生存柱のうち冨岡は竈門兄妹を守り抜いたのである程度晴れやかな余生を生きられるかもしれないが、実弥にとっての守りたかった人はもう居ない。
家族の後を追って自殺も考えただろうが、匡近にも玄弥にも幸せを願われてしまった以上、自死は許されない。彼がどんな想いで25歳まで生きたか、想像するだけで辛い。

初対面で禰豆子をぶっ刺したのだって、私は彼が悪いとはどうしても思えない。あんなに優しかった母が鬼となり弟たちを殺したのだ、「人を喰わない鬼」が実在するなら、どうして俺の母はそうならなかった?禰豆子の存在自体を憎むのは当然の心理だと想像できる。

結局、鬼喰いをしていた弟も人間の姿で死ぬことはできず、死体すら塵となって消えた。それにひきかえ禰豆子は人間に戻り、幸せに生きている。
そんな禰豆子が「寝るの好きです」と笑う姿に玄弥を重ねて実弥は微笑む。どうしてお前は生きてるんだ玄弥は死んだのに、と責めることはついぞなかった。


父の死も母の死も弟妹の死も親友の死も、悼む暇すら与えられなかった風柱は、玄弥の空っぽの骨壺を抱えて、何よりも読みたくなかった彼の遺書を独りで読むのだろうか。

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