見出し画像

親が言うことをどこまで信じる?


親の言うことってどこまで信じたらいいんだろう。

ふとそんな疑問が浮かんだ。

親は私より生きている年数が長いから、当然私よりいろんなことを経験してきてるし、私が知らないことをたくさん知ってる。

だからといって、親が言う全てのことに賛成できるわけじゃない。

 

これは、私が高校に入る前に母から言われた話である。

母は地元から少し離れた地域の高校に通っていた。

母は「高校の人は、地元の人とは雰囲気や考え方が違かったからあんまり仲良くならなかった。テレビとか観てると、高校ってキラキラしてるイメージだけど意外とそんなことないよ」と私に言った。

私が行った高校も母の母校と同じ地域だったからそう言ったのかもしれない。

確かに行ってみて、地元の空気感とは違うなとかは思ったけど(私の地元の人はその高校にあんまりいなくてかなりアウェーだった)、その中でも気の合う友達はできたし、私の高校生活はそれなりに楽しかった。

そして有難いことに、進路がバラバラになった今でも「久しぶりだね!元気?また集まろうよ!」と声をかけてくれる友達がいる。

私が通う大学に同じ高校の人は1人もいないし、近くに住んでる友達もいなくて最初はすごい孤独だったけど、離れ離れになってもそうやって気にかけてくれたことが嬉しかった。

私は高校で大切な友達や思い出ができたから、母の言う通りにはならなかったのである。

他にも就職のことをあれこれ言われたりするけど、親が社会人になる時と私が社会人になる時では世の中の動きが全く違うからそれこそ参考にならない。

一応話は聞くけど、それを受け止めるか受け流すかは私が決める。これからもそうする。

でも、私が知らなくて親が知っていることはまだまだ沢山ある。

私は知らないことを親に聞くかもしれないけど、結局色々説明されても自分が知らないといまいちピンとこないし、「へぇ〜」で終わってしまう。

だから、親に色々言われてもとりあえず自分でやってみたい。自分の目で見て確かめたい。それで自分で納得したい。

それがもし親の言う通りだったら
「やっぱりね」とか「まぁそうなるだろうとは思ってたよ」とか、また色々言われるだろうけどそれは結果論だから気にしない。

自分でちゃんと納得することが大事だから。

それよりも、親の言う通りにならなかった時はどうだろうか。

新しい発見があるかもしれないし、別の可能性が待ってるかもしれない。

でも親が悪く言ったことを信じ切って、自分で行動しないことを選んでしまえば、そういったものが0になってしまう。

これが怖い。

だから、いくら人生の先輩であろうと親の言うことを信じすぎないようにしたいと思う。

料理をするときにこうすると美味しくなるよとか、ライフハックとか、そういう知恵は参考になるし積極的に活用していいと思う。

ただ、

自分の人生に影響を与えるような選択は、自分の意思で、自分が納得した状態ですること。

ある物事に対して、親が感じることと私が感じることは必ずしも一緒じゃない。だから、親のアドバイスが確実に私に届くとは限らないということ。

は、忘れないでおきたい。
この2つは自分の意思を優先しようと思う。

自分の子供だからって色々言うけど責任は取ってくれないし、私の人生を代わりに生きてくれるわけじゃないからそこは自分でしっかり決めないとね。

まあ、ある時点から私は親とは違う生き方を選んでここまで来てる自覚はあるから、そこはあんまり気にしなくてもいいかもしれないけど。

子供の頃は親の言うことが全てで、それを信じるしかなかったけど、親は神様じゃないし不完全なひとりの人間だから、全部真に受ける必要はない。

私の母には、1聞いて10わかった気になって(本当にわかってるわけじゃない)すぐ物事を決めつける良くない癖があるけど、見方を変えれば、それが母にとって一番心地良くて一番納得できる考え方・答えなのかもしれない。

それに対して批判的な見方をしないまま大きくなってしまった私は、後々すごい困ったから信じすぎちゃうのは怖いなって気づいた。

母には母なりの答えがあるけど、
私にだって私なりの答えがあるし、それを自分で考えて見つけていきたい。

やっぱり大事なのは自分の意思。

親にあれこれ言われても、
「自分はどう思うか」
「自分がどうしたいか」
という基準を大事にしていきたい。

アドバイスは自分がいいなと思ったところだけ取っちゃえばOK。

それぐらいのスタンスで親の言うことを信じてみることにしよう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?