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「良いやつ」の免許なんて無いけれど|自転しながら公転する

書店で見かけるたび気になっていた『自転しながら公転する』。
全3話で昨年末にドラマ化しているのですが、30代前後の「この道で良いんだっけ」とグラつく心情が丁寧に描かれていてヒリヒリしながら観ました。藤原季節、観るたび好きになってしまって困っちゃうな。

東京でアパレルの仕事をしていた都(松本穂香)が母の更年期障害の介護のため地元・茨城県牛久に戻ってくるところから物語は始まります。ほぼ寝たきり状態の母の介護もあるからと契約社員として働く都。同じく介護を理由に閑職へ異動した父。そんな生活の中でお寿司屋さんで働く同い年の貫一(藤原季節)と出会い、都は彼と付き合うことになります。

貫一、良いやつなんですよ。待ち合わせ場所で携帯ではなく文庫本を読んで待っている姿だけでわたしはもう好きになっちゃう。ちょっと不良っぽい格好もしているけど、本が好きでうんちくだって語っちゃうけど、でも彼が発する言葉の表現がなんか良いな、って思うものが多くて。その「なんか良いな」から少しずつ貫一のこと好きになっちゃうんですよね。

親にも紹介して、いつもより小綺麗な格好で現れて、一緒にご飯を食べて、なんなら貫一が「俺が焼きますよ」って手際良くお好み焼きを焼いてくれちゃって、手土産だって用意していて、彼が命懸けで人を助けてその人たちとは家族同然の付き合いが続いていることも知って、ますます惹かれて。

でも、でもね。貫一、中卒なんですって。お寿司屋さんは社員じゃなくてアルバイトなんですって。しかも今は職場が閉店して無職なんですって。

会社から正社員の話をもらっても、母の介護があるからって契約社員でいることを選択して。でも貫一に会う時間だって欲しくって。「最近帰りが遅いな」「母さんのことがあって地元に戻ってきたんだろ」なんて父から小言を言われたりもして。貫一との将来はあるのかって不安にもなって。
どうすればいいんだろうって都は悩む。ぐるぐる悩む。

「貫一は良いやつだけど、でも、良いやつだけで人は食べていけないよなって冷たいこと考えてる。それが私」って都が言うシーン、すごく気持ちが分かってしまって切なかった。
良いやつで、好きなんだけど、それでもそれで良いのかってどうしても思ってしまうのは不安だからで、ただ、幸せになりたいからで。本当は貫一と幸せになりたいはずなのに、「幸せになるためには」で考えるとその先に貫一がいるのかは分からなくて。だけどやっぱり幸せになりたいと願ってしまって。

「今のままじゃ不安だけど変わってしまうのも怖い」
都のこの気持ちも痛いほどに分かってしまう。親、結婚、仕事。どの道も正しさなんて分からなくて、正解なんてなくて、それでも少しでも自分が幸せになる道を選びたくなって。周りの友人と比較して、余計に惨めな気持ちにもなって。(この友人との会話でハッとなるシーンも好きでした。)

確かに「良いやつだけで人は食べていけない」のかもしれないけど、貫一のような憧れられるところを持っている「良いやつ」ってそんなに居ないだろうなと思う。憧れるよね、貫一は。格好良いんだよね。お金の使い方が雑だったり、人に頼るのが下手だったりもするんだけど、でもそういうことじゃなくて。本が好きで知性があって、咄嗟の時にパッと対応できるんだよね。それが自分の命が掛かったタイミングだとしても。そんなこと高校で身に付けられるような話でもないし、「良いやつ」の免許があるわけでもない。だから肩書きなんて、って思うんだけど、肩書きがあって安心するっていうのも分かるから、結局わたしも都と一緒にぐるぐると悩んでしまった。

答えのない問いにぶつかって悩む、その姿がとても丁寧に描かれていたドラマだったなと思います。ドラマで貫一のことをとても好きになってしまったので(藤原季節は本当にこういう役がよく似合う…)、もっと彼のことを知りたくて原作小説も買ってきました。もう一度、都と一緒に悩んでみよう。

でもさ、自分の選んだ道を肯定しながら進むしかないんだろうね。
ぐるぐると、自転しながら公転して、悩みながら進むしか。

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