人のセックスを笑うな

恋におちる。世界が変わる。

『人のセックスを笑うな』

この題名を見たことがある人はきっと多い。
その中の何人が、眩しい恋愛物語だと知っているのだろう。

19歳の美大生の青年・みるめ(松山ケンイチ)と、39歳のリトグラフ講師・ユリ(永作博美)の話。


山崎ナオコーラさんの原作を読んだのは2016年。

小説を読んだ時の感想が残っていたので先にそれから書いておきます。
こういう時にWeb上に感想を残しておくと便利ですね。自分の備忘録として優秀。やっぱりコンテンツの感想はデジタルだなあ。
と言いつつ、手帳にもその年のコンテンツ記録は書いています。アナログとデジタル、どちらも上手く活用していきたい。


物語は、みるめの視点で進んでいきます。
19歳の青年だけど女の人のように心情が繊細に表されていた。女の人とは別の男性ならではの繊細さなんだと思う。映画よりもみるめの心情が生々しくて、だからか読了後の感想には真っ先に「もどかしくなる恋愛だった」と書かれていた。

これが恋なのかも、もはやわからなかった。ただ身近にいる人に優しさを注ぎたい気分なのかもしれない。
(河出文庫 p61)

この文章がとても好きだったなあ。
みるめの人物像がパッと浮かぶ一文だと思う。

恋だと本当に分からないのか。恋だと認めてしまうと辛くなるよと心の何処かが気づいて警報を鳴らし、わざと分からない(気付かない)ようにしているのか。


映画を観終えた後は「もどかしくなる恋愛だった」なんて思わなかった。前に本を読んだ時から4年も経っているから自分の感じ方が変わったのかもしれないし、あとはユリちゃんがあまりにも魅力的だったからかもしれない。

良い意味で映画はサラリとしていた。


みるめはユリちゃんにモデルになって欲しいと頼まれて一緒にユリちゃんのアトリエに行く。駅からアトリエに向かう時に自転車二人乗りになるのも良い。それもユリちゃんが漕ぐから良いんだよね。
みるめが着ているダッフルコートに「そのコート良いね、高校生みたいで」なんて言っちゃうユリちゃんに思わずどきっとしちゃう。高校生みたい、って言った男の子とふたりきりになるなんて。

アトリエに着いて「ニット脱いで。それも。下も。パンツも」とどんどん脱がされ最初は戸惑うみるめ。
この時のユリちゃんがずるい。永作博美さんの可愛さったらない。39歳のユリちゃんのこと思わず「ユリちゃん」って呼んでしまう時点でもう負けな気がする。あまりにも愛らしい。あんなユリちゃんと部屋にふたりきりになっちゃったら、そりゃあ恋に落ちちゃうよ、と思う。とにかく可愛い。

「寒いね、」
「うん」
「寒いね〜!」
「もうっ。ストーブつけろってこと?」

こういう会話いちいちキュンとくる。ずるいよユリちゃん。
寒い中ユリちゃんの為にストーブを点けるみるめが愛おしい。



みるめの同級生・えんちゃん(蒼井優)は密かにみるめのことを想っているんだけど、この演出がまた切ないんだよね。

みるめが喫煙スペースに行くと、えんちゃんはちょっと離れた場所でにこにこしながら会話をする。ふざけてえんちゃんの方にフーって煙を吹きかけるみるめに「くさーい!」なんて笑っちゃって。
でも、それがえんちゃんとみるめの距離なんだよね。

だけどユリちゃんは堂々と喫煙所でみるめの隣に座れちゃう。ライターだってみるめにあげちゃう。ふたりで肩を寄せ合って心の距離を縮める会話だって出来ちゃう。

タバコのシーンだけではっきりとふたりの女性の距離を意識せざるを得なかった。あの演出が、切ないけれど好きだった。



全体的に1カットがとても丁寧。

最近手持ちカメラの映像が多いけれど(カメ止めとかまさにその代表作では?)わたしは固定カットの長回しって結構好き。人によっては「ストーリー展開に関係の無い画のカットが長い」って思う人もいそうだけど。わたしはそういう余白のある映画が好きだなあ。

田んぼの中のバス停とゴミ箱。大学の長い廊下。喫煙スペースと向かいのベンチ。えんちゃんのバイト先の名画座のホール。不思議なオブジェが置かれているユリちゃんのアトリエ。

アップの画が少ない映画も最近だと珍しい気がする。
ちょっとノスタルジーを感じるような風景の質感も好き。

撮り方はドキュメンタリー調かもしれないなあ。
だからみるめに感情移入してドキドキするというよりも、鑑賞者としてドキドキ出来た感じがする。



「だって、触ってみたかったんだもん」

「触りたくないの?」

そう素直に言えちゃうユリちゃんにわたしは憧れるのだろうか。きっといつまで経ってもわたしは、えんちゃん側の人間だ。「触ってみたいけど、でも、」と。
自由奔放に見えるユリちゃんだけど、みるめ以外の人との付き合いを見ていないからそう思うのかもしれない。みるめだったからこそかもしれないし。みるめに対してどうしても「触りたい」と思うが故の行動だったのかもしれない。

うん、あの松山ケンイチの母性本能くすぐり系は堪らないよね。分かる、分かるよ、ユリちゃん。触りたくなるよね。そんなみるめに好かれたら嬉しいに決まってるよね。


もしも題名で敬遠していたという人がいれば、良かったら是非。松山ケンイチ、永作博美、蒼井優(美大生役が似合いすぎるね)の3人が好演です。

映画の感想は以前ぺちこさんも書かれていました。
ぺちこさんの感想はそれぞれの登場人物について焦点を当てているのでわたしとはまた違った目線で楽しめます。わたしも映画を観終えてもう一度読み返しちゃいました。


映画も良かったけれど、文庫版に収録されている短編『虫歯と優しさ』もお勧めです。

「…どうしてこんなに可愛い人と、僕はもう、付き合えないって、思うんだろう」
(p145-146)

そんな風に言いながら泣くなら別れなきゃ良いのに、なんて前は思っていた筈だったんだけど。そういうこともあるのかもしれないなと感じるくらいには大人になってしまったなあ。

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