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短編小説集

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短編小説を載せております。〈雪と記憶〉という副題はテーマの共通性を意味しているものなので、順番通りに読まなくても問題ありません。掲載物は有料設定ですが投げ銭方式です。
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記事一覧

【短編小説】ドサリ、ドサリとくるもの

  ※有料設定になっていますが、投げ銭方式なので全文無料で読めます。  師走を迎えるなり日本海側の地域は激しい雪に見舞われた。急激な気圧の変動、北風に運ばれてくる寒気に冬支度を済ませていない人々はとまどい、平年を上まわる降雪量を記録した新潟県では寒暖差による流行性感冒に悩まされる世帯が続出した。上越地方に住むトオルも朝から病臥していた。今年の春からアパートで一人暮らしをはじめた彼は不摂生ながらも悠々自適な生活を続けていたが、この日は激しい頭痛とめまいに根をあげて母の看病を受

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【短編小説】やしろ

  ※有料設定になっていますが、投げ銭方式なので全文無料で読めます。  地元の神社は高台にある。住宅地をつらぬく坂道の果てにあるので、参拝するには蛇行する生活道路を延々のぼらなければならなかった。ななめに軒をならべる家々は四六時中ヘビに飲まれたカエルのように沈黙していて、聞こえるのは坂道をのぼる自分の足音くらいだ。犬の散歩や参拝に出かける近所の住人とすれちがうことはあるが、犬を連れているのは一頭の秋田犬と二頭のポメラニアンの二組で、参拝者は八十代に達していそうな年老いた小柄

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【短編小説】いつか墓標になるまで

  ※有料設定になっていますが、投げ銭方式なので全文無料で読めます。  廃道には長短さまざまな雑草がはびこり、枯れ枝や枯れ葉でおおわれてケモノ道のような状態になっているので、彼は道をまちがえていないか何度も確認しなければならなかった。目ざしている祖父の故郷は目と鼻のさきにせまっている。それなのに山奥に進み続ける内に舗装された道が恋しくなり、徐々に後悔の念が深まるのであった。彼はなんとか自分を叱咤激励しながら草木をかきわけていった。  あなだらけの老木のトンネルを抜けると平

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【短編小説】最果て

  ※有料設定になっていますが、投げ銭方式なので全文無料で読めます。  車両内には春さきの心地よい日光がさしている。ユウイチはいっこうにおさまらない動悸をおさえながら、寒気にたえかねてのそりのそりと窓に背中をおしつけた。むかいの席には不機嫌そうにうつむいている初老の男がすわっている。腕組みをしてまたをひろげているので、肥満気味の腹部がはっきりとうかがえた。あたたかなユウイチの座席にたいして初老の男の座席は日光があたらなくて、視覚的にもさむざむしかった。現に腕組みをする手は暖

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【短編小説】十四時二十七分の停留所

  ※有料設定になっていますが、投げ銭方式なので全文無料で読めます。  停留所にはだれもいなかった。目ざしている総合病院は目と鼻のさきなのでバスを利用しなくてもいけるだろう。それでもぼくは停留所のまえで足をとめた。日常の雑事に追われて根気をなくしているのである。地図を確認したときは気づかなかったが、総合病院にいたる道すじは何度も坂をのぼりおりしなければならず、としをかさねるごとに体力をなくしている身にはいばらの道もどうぜんだった。  ふるめかしい木造の停留所は世辞にも整備さ

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【短編小説】雪の向こうに見るものは ~雪と記憶~

  ※有料設定になっていますが、投げ銭方式なので全文無料で読めます。  マンホールの蓋を踏み、靴底が音をたててすべった。私はとっさにバランスをとって間一髪で転倒を回避した。踏みこむ瞬間までマンホールに気がつかなかったのは、視力のわるさだけではなく、道を白一色に染める雪にかくれて見えなかったことにも原因がある。春には近場の桜並木から散りおちた花びらでいろどられ、夏には灼熱の太陽に熱せられて陽炎がたちのぼり、秋には木枯らしにのって枯葉が乱舞する。季節ごとに様相を変える近隣の路地

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【短編小説】救われた日 ~雪と記憶~

  ※有料設定になっていますが、投げ銭方式なので全文無料で読めます。  新年早そう世のなかは白銀に染まった。窓から顔をだして見わたすと、近隣の駐車場ではあらゆる乗用車が白い帽子をかぶっており、向かいのマンションも氷柱を鼻水のように垂らしている。廊下でものめずらしそうに雪景色を見やる子どものしたでは、人がとおれる道をつくろうと不慣れな雪かきに精をだしている男衆がうかがえる。欠勤したかわりに除雪にかりだされたのだろう。日ごろよりつきあいのある顔もある。私も手伝おうとしたのだが、

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【短編小説】ヒーローはいつまでも ~雪と記憶~

  ※有料設定になっていますが、投げ銭方式なので全文無料で読めます。  柩の小窓を開けると死化粧をほどこされた従兄の顔があらわれた。枯れ葉のようにしおれた面貌にはかすかに腐敗の痕跡が認められる。彼の顔には積年の気苦労が小じわとなってあらわれていて、本来の活発な性質はすっかり損なわれていた。側に付いている従兄の母――わたしの伯母にあたる女性は堪え切れないようすで視線をそらしている。当初従兄の遺体は見ないほうがよいといわれていた。わたしを動揺させなくないし、何より息子の死体を人

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【短編小説】ヒマワリの季節に ~雪と記憶~

  ※有料設定になっていますが、投げ銭方式なので全文無料で読めます。  父方の血筋は東北を起源としている。そのなかでも、ゆかりの地といわれる宮城県にはたくさんの親類があつまっている。おさない時分のタカフミはよく両親にともなわれ、北国に居をかまえる親類の家にあそびにでかけていた。思い出を語りだせばきりがないが、彼の記憶にもっとも色あざやかに焼きついているのは十歳の誕生日を間近にひかえた年末である。そのとしは地元の神奈川県ではめったにない大雪にみまわれ、たまには北国でとしをこす

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