読書備忘録_5

【読書備忘録】不浄の血からヒドゥン・オーサーズまで

不浄の血
*河出書房新社(2013)
*アイザック・バシェヴィス・シンガー 著
*西成彦 訳
 十六編を収録した短編集。イディッシュ語・ユダヤ教に基づいた伝承的な物語が紡がれており、そこには人間の独白もあれば悪魔の独白もあり、荒廃した家に残された年老いた靴屋、悪魔と結婚させられた娘、欲望と狂気に駆られ屠殺人となる主婦、空虚な生活を営む老人、各時代を生きる人々の鮮烈な声が記されている。近現代を題材にとったグロテスクな宗教画が連続的に展覧されるような感覚。どの物語にも悪魔の影がちらつき、読みながら深淵に引き込まれるような不安を覚えるのだが、それがあやしげな魅力として感じられる。この筆力はさすがと言うほかない。
http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309206172/


乳しぼり娘とゴミの丘のおとぎ噺
*河出書房新社(2014)
*ラティフェ・テキン 著
*宮下遼 訳
 産業廃棄物で埋め尽くされた都市郊外の丘、どこかから流れてきた貧民たちはゴミで「一夜建て」の街を作り、農民として生活を営む。やがて「花の丘」と呼ばれるようになる街は、家屋解体業者に繰り返し小屋を潰され、チンゲネという異邦人たちと交わり、激しい闘争を経ながら独自の文化を築きあげていく。貧しい農村「花の丘」が工場街、歓楽街と変貌する様子はまるで一国の歴史を概観しているようで、まさに「おとぎ噺」を思わせる幻想的な色彩を帯びている。街の変遷を追いかける不思議な物語。
http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309206554/


燃える平原
*水声社(1990)
*フアン・ルルフォ 著
*杉山晃 訳
 役人に連れられて石ころだらけの平原にとり残される『おれたちのもらった土地』に始まり、悪党でありながら図抜けた古狸ぶりで信奉者を集めて聖人と崇められた人物をめぐり論争が繰り広げられる『アナクレト・モローネス』に終わる十七編の短編集。全編に渡って会話体が用いられており、メキシコの片田舎を包み込む砂埃、貧困に喘ぐ農民や荒くれ者たちの息吹、乾いた荒野に翻弄される情景が容赦なく表現されている。明確な結末が用意されることは割合少なめだが、それが寓話性や説得力を高める効果を生み、人から人に語り継がれてきた口承文芸のような趣に繋がる。ルルフォは何度新作に挑戦しても『ペドロ・パラモ』になると漏らし、寡作のまま生涯を終えた。けれどもこうした珠玉の小説集に触れるともっとたくさん読みたかったと一抹のさびしさを覚えてしまう。
http://www.suiseisha.net/system/book/print.cgi?4891762403


この世の王国
*水声社(1992)
*アレホ・カルペンティエル 著
*木村榮一 平田渡 訳
 白人農場主たちの毒殺を企てるマッカンダル、自由と独立を獲得するために反乱を起こすブックマン、国王として権力を振るいながらも部下の手により落命するアンリ・クリストフ、ハイチという舞台で繰り広げられた各時代・各人物の歴史が物語られる。そこには常に血生臭い動乱とヴードゥーの呪術的信仰が絡み、人間の枠を超越するティ・ノエルの存在と視点で結び付けられる。現実を追いかけているのに神話を彷彿させる不可思議な現象が自然に挿入されるあたりは、まさにカルペンティエルの類いまれな表現力の賜物。どこまで史実であり、どこまで虚構なのか。境界線がぼやける感覚自体を楽しむのも本書の読み方に数えられるのではないだろうか。
http://books.rakuten.co.jp/rb/542698/
※本書のページが見付からないため楽天ブックスのURLを張りました。


崖っぷち
*松籟社(2011)
*フェルナンド・バジェホ 著
*久野量一 訳
 現代ラテンアメリカ文学に一石を投ずる著者の自伝的小説であり、自国も母国語も宗教も母も、おのれに関わるすべてを罵倒する語り口はラテンアメリカという文化圏に根ざす魔術的な物語とは一線を画している。これは終始一貫して自己破壊的な憎悪をぶちまける主人公の独白だ。エイズの弟を介護する傍らマリファナを吸わせ、気の触れた母親を「気狂い女」と詰り、キリストを「癇癪持ちの短気な大バカ者」(要約)とこきおろし、自分自身までも消し去ろうとする主人公の怒りは凄まじい。章わけされることもなく、ひたすら国を言語を自分の一族を罵り続ける彼の咆哮はこの憤怒の物語における最大の見どころであり、魅力だ。
http://shoraisha.com/main/book/9784879842985.html


マクナイーマ つかみどころのない英雄
*松籟社(2013)
*マリオ・ヂ・アンドラーヂ 著
*福嶋伸洋 訳
 タパニューマ族の村跡で語られる英雄マクナイーマの人生。英雄と呼ばれながらもマクナイーマは極度の面倒臭がりにして小心者で、悪徳商人に騙されたり図に乗ったり、果ては幼児のように駄々をこねるありさま。そうした英雄らしからぬ英雄マクナイーマの冒険を通して描きだされるブラジルの虚構・幻想は、くだけた口語的文体と寓話的展開で「何でも起こり得る」奇妙な世界として構築される。インディオの視点から近代文明を解釈し、神話として物語る斬新な口承文芸。とにかくマクナイーマのだらしなさが印象的。ここまで駄目な英雄もめずらしい。
http://shoraisha.com/main/book/9784879843166.html


ペルーの鳥 死出の旅へ
*水声社(2017)
*ロマン・ギャリ 著
*須藤哲生 訳
 十六の物語を収録した短編集。全編に一癖も二癖もある人物(人でない存在も含め)が登場し、独特の人間観と諷刺性で彩色されている。愚直に生きる者が騙され、理解し兼ねる心理に良識的な者が振りまわされる光景は皮肉にして哀れだ。しかしそこに表現される人間味は不可解でありながら、ある種の生々しさが表れていて「真に迫る不気味さ」を感じる。滑稽なのに笑うに笑えない感覚。笑っている場合ではないと思わせる説得力に満ちている。
http://www.suiseisha.net/blog/?p=6631


世にも不思議な怪奇ドラマの世界
*洋泉社(2017)
*山本弘 著
*尾之上浩司 監修
 約半世紀前のアメリカで製作されて日本でも放映された怪奇ドラマ、不可解な現象に遭遇する『ミステリー・ゾーン』、超常現象事件を再現する『世にも不思議な物語』二作品に焦点をあて、関係者の事情や当時の社会に言及している。各作品に対する山本氏によるエスプリの効いた解釈は趣があり、特別掲載されている尾之上氏=訳の短編『家宝の瓶』も面白い。濃い一冊。余談ながら『世にも不思議な物語』は放映当時母も視聴していたようで、毎回怖がりながら見入っていたとのこと。
http://www.yosensha.co.jp/book/b284697.html


のけものどもの
*惑星と口笛ブックス(2017)
*大前粟生 著
 『ヒドゥン・オーサーズ』とともに〈惑星と口笛ブックス〉の開幕を告げる短編集。収録されている二十二編の作品はいずれも個性のかたまり。深夜をパトロールする〈ミカ警備隊〉、スーパー銭湯で出会う〈なんでも逆手に持って強そうな男〉、体の中から出てきた〈おじいちゃん〉、たまに顕現する〈大前粟生〉、百鬼夜行のような列がおりなす物語群は偏執的とも言える極微な視点や畳みかける表現で彩られ、次の段落で何が起こるか予想できない奇想天外な展開を見せる。この発想力は凄い。
http://dog-and-me.d.dooo.jp/wakusei_kuchibue/nokemono.html


ヒドゥン・オーサーズ Hidden Authors
*惑星と口笛ブックス(2017)
*西崎憲(他) 著
 西崎憲氏主宰の電子書籍レーベルの開幕を飾る、小説・詩・短歌・俳句で構成された斬新な作品集。情緒的な作品から実験的な作品まで収録されており、独創的な表現を楽しめる。性格上小説に意識を向きがちな小生は、大前粟生さんの『ごめんね、校舎』深堀骨さんの『人喰い身の上相談』が特に好き。それぞれの分野を尊重する平等な編集により、各作品の個性が手を携え、大きな物語を紡ぎだすような豊かな世界が実現している。
http://dog-and-me.d.dooo.jp/wakusei_kuchibue/hidden.html


〈読書備忘録〉とは?


 読書備忘録ではお気に入りの本をピックアップし、感想と紹介を兼ねて短評的な文章を記述しています。翻訳書籍・小説の割合が多いのは国内外を問わず良書を読みたいという小生の気持ち、物語が好きで自分自身も書いている小生の趣味嗜好が顔を覘かせているためです。読書家を自称できるほどの読書量ではありませんし、また、そうした肩書きにも興味はなく、とにかく「面白い本をたくさん読みたい」の一心で本探しの旅を続けています。その過程で出会った良書を少しでも広められたら、一人でも多くの人と共有できたら、という願いを込めて当マガジンを作成しました。

 このマガジンは評論でも批評でもなく、ひたすら好きな書籍をあげていくというテーマで書いています。短評や推薦と称するのはおこがましいかも知れませんが一〇〇~五〇〇字を目安に紹介文を付記しています。誠に身勝手な文章で恐縮ですけれども。

 番号は便宜的に付けているだけなので、順番通りに読む必要はありません。もしも当ノートが切っ掛けで各書籍をご購入し、関係者の皆さまにご協力できれば望外の喜びです。


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