読書備忘録_3

【読書備忘録】ムッシュー・パンから黄色い雨まで

ムッシュー・パン
*白水社(2017)
*ロベルト・ボラーニョ 著
*松本健二 訳
 詩人セサル・バジェホの治療にあたるメスメリズム信奉者ピエール・パン。風変わりな人物、奇妙な映画、賄賂、失踪。バジェホを巡る陰謀の影は追跡するほど遠ざかる。真実と捏造が調和し、空虚感とサスペンスが見事に両立している。
http://www.hakusuisha.co.jp/book/b269905.html


赤い高粱
続 赤い高粱
*岩波現代文庫(2003)
*莫言 著
*井口晃 訳
 恐るべき大作。残虐、派閥、性愛、飢渇、野生、日中戦争下における無数の主題がかたちをなした壮大な伝奇小説であり、逸話から逸話に移り、時間も超え、赤く染まる高粱を象徴とする戦時中の世が巧みに描きだされている。幻惑的にして真に迫る光景。相当な傑作を読み終えた後でもすぐ別作品を読み始められるのに、この『赤い高粱』読了後はさすがに余韻に浸った。2巻併せ800頁近くあるけれども滅法面白いからおすすめしたい。
https://www.iwanami.co.jp/book/b256052.html
https://www.iwanami.co.jp/book/b256190.html


大洪水
*小学館 P+D BOOKS(2016)
*中上健次 著
 紀州サーガとしての色彩は薄めながら、主人公の破天荒な生き方はまさに中上健次的な無頼の香りをただよわせており、生命力に満ちている。おかしな登場人物たち。国を渡る規模。未完が惜しまれるが、謎かけと暗転がかさなる幕切れはこれはこれで妙味がある。
https://www.shogakukan.co.jp/books/09352254


傷痕
*水声社(2017)
*フアン・ホセ・サエール 著
*大西亮 訳
 妻殺しを鍵とする四つの物語。複数視点から真相を探るより一癖も二癖もある人物たちの奇妙な相関図自体が主題となり、各視点で作風が変わるため短編集のような味わいがある。でも物語は連結し、そこに地図が生まれる。偏執的な情景描写も凄い。
http://www.suiseisha.net/blog/?p=6645


実験する小説たち 物語るとは別の仕方で
*彩流社(2017)
*木原善彦 著
 ご存知ポストモダン文学の大御所トマス・ピンチョン作品を始め、数多の小説を翻訳してきた木原氏が国内外の実験的小説を紹介。全18章かけて多様な既訳・未訳作品がとりあげられており、各章の終わりに設けられたオススメ欄もおいしい点。欲しい書籍が増えた。
http://www.sairyusha.co.jp/bd/isbn978-4-7791-2281-1.html


恋する原発
*河出文庫(2017)
*高橋源一郎
 ここまで「ひどい」という表現が称賛に換わる小説もめずらしい。挑発的な表紙に始まり、物語開始前に真実か否か本書に対するクレーム投書が記載されており、煽るように『震災文学論』なる新編が挿入される構成。実在人物を存分におもちゃにしたひどすぎる傑作。こうした作品が許される世の中であって欲しいと切に願う。
http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309415192/


約束
*河出書房新社(2017)
*イジー・クラトフヴィル 著
*阿部賢一 訳
 ナチス占領下時代に鍵十字型の邸宅を設計した建築家、独裁体制の犠牲となる妹、悲運な兄妹を軸とするチェコノワール。復讐の物語。地下の匂いに満ちており、複数の視点で構築される重層的な展開や地の文に融け込む台詞に幻惑される。
http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309207247/


10:04
*白水社(2017)
*ベン・ラーナー 著
*木原善彦
 現代的な実験性が面白かった。人工授精、ハリケーン、バック・トゥ・ザ・フューチャー、タコ、ウォルト・ホイットマン、福島。史実に刻まれる事柄が語り手に「リアルな虚構」を構築させる鍵となる。事実との照合で深まる構造に味がある。
http://www.hakusuisha.co.jp/book/b278925.html


ナラトロジー入門 プロップからジュネットまでの物語論
*水声社(2014)
*橋本陽介 著
 ロシア・フォルマリズムより始まる「物語の詩学」の歴史を概説しつつ文学理論を解説。丁寧な説明のおかげで不勉強な自分でも内容が入る。分野をまたぎ物語をより楽しむ上でも、物語を創る上でもとても参考になる。
http://www.suiseisha.net/blog/?p=3596


黄色い雨
*河出文庫(2017)
*フリオ・リャマサーレス 著
*木村榮一 訳
 廃村で相棒の雌犬とともに死を待ち受ける男の生活が詩情豊かに描かれる。死者の出現、死の予兆である枯葉色の影に認められる象徴性が美しい。新訳にして絶品の『遮断機のない踏切』『不滅の小説』2編も存在感があり、こちらも味わいがある。
http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309464350/


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 読書備忘録ではお気に入りの本をピックアップし、感想と紹介を兼ねて短評的な文章を記述しています。翻訳書籍・小説の割合が多いのは国内外を問わず良書を読みたいという小生の気持ち、物語が好きで自分自身も書いている小生の趣味嗜好が顔を覘かせているためです。読書家を自称できるほどの読書量ではありませんし、また、そうした肩書きにも興味はなく、とにかく「面白い本をたくさん読みたい」の一心で本探しの旅を続けています。その過程で出会った良書を少しでも広められたら、一人でも多くの人と共有できたら、という願いを込めて当マガジンを作成しました。

 このマガジンは評論でも批評でもなく、ひたすら好きな書籍をあげていくというテーマで書いています。短評や推薦と称するのはおこがましいかも知れませんが一〇〇~五〇〇字を目安に紹介文を付記しています。誠に身勝手な文章で恐縮ですけれども。

 番号は便宜的に付けているだけなので、順番通りに読む必要はありません。もしも当ノートが切っ掛けで各書籍をご購入し、関係者の皆さまにご協力できれば望外の喜びです。


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