画面の向こうに1

【掌編小説】画面の向こうに




 友達に佐藤君という人がいるんだ。学生時代から付き合いのある悪友みたいな奴。そいつから奇妙なはなしを聞いたんだ。もう十年二十年も前のことらしいけれどね。
 このはなしの主役は彼のお父さん。この人は無類のテレビ好きでね、一度椅子に座ったらテレビからはなれないんだって。休日なんて朝から晩まで、ニュース番組からバラエティ番組まで食い入るように見入って飽きることを知らない。あまり人付き合いするタイプじゃないし、読書といった趣味もない人だからなおさらテレビに噛り付いていたんだろうね。だからよくお母さんに「テレビだけがお友達なのね」と嫌味をいわれたらしい。
 家にいるときは一日中座りっぱなし。あきらかに運動不足だし、生活習慣病にかかったりとか、頭を使わないとボケが早まるんじゃないかとか心配だから、運動をしないと駄目だって佐藤君も口を酸っぱく注意したそうだ。それなのにお父さんは「大丈夫、大丈夫」と笑い飛ばすばかりで全然真面目に取り合ってくれなかった。相変わらずテレビに張り付いていた。
 佐藤君が高校生の頃だったかな。病気を懸念する家族の気持ちをよそに、お父さんは信号無視の車に跳ねられて他界してしまった。気の毒に。轢き逃げだった。運動不足でなければよけられたなんてタラレバは誰にでも立てられる仮説だ。かくいう自分もおなじことを微塵も考えなかったといえば嘘になる。でも忘れないで欲しいのは、お父さんはあくまでも被害者で、非があるのは信号を無視する運転手だってこと。何を思うのも自由だけれど、佐藤君の家族にはいっちゃだめだよね。お父さんのテレビっ子ぶりは悩みの種ではあったけれども家族仲はとてもよかったし、佐藤君のショックは大変なものだったそうな。
 家の中がシーンと静かになった。お父さんが家にいる時は常にテレビ番組が流れていたのに、亡くなってからは黒い画面のままだった。
 何ヶ月か経った頃かな。久しぶりにバラエティ番組を見たらしいんだ。気晴らしは大事だからさ。けれども何だかぼんやりしちゃって内容が全然頭に入らなかった。気付けば番組が終わっていたので、佐藤君はリモコンで画面を消した。
 台所から飲みものを持ってきた。すると、消したはずなのにテレビがついていた。そのときお母さんは出かけていて家には自分一人しかいなかった。それで「おかしいな」と首を捻りながら主電源を消したら、彼の目のまえで勝手にパッとついたんだ。それはいくら何でもあり得ないでしょう。おどろいた彼はもう一回主電源を切った。画面が真っ暗になって、ぼやっとした室内が映る。
 佐藤君は思わずアッと声をだした。画面の中、よく見ると後ろにある椅子に人が座っていたんだ。小太りの男性だった。
 慌てふためいて振りかえると、椅子には誰も座っていない。家には自分しかいないからあたりまえだよね。でも、間違いなく座っていたんだ。しかもよく知っている人が。
 真っ黒な画面に映った小太りの男性。それはね。亡くなったはずのお父さんだったんだよ。
 そのテレビは間もなく買い換えたらしい。お父さんの残像を見たことは秘密にして、お母さんには故障したからと説得した。やけにすんなりはなしがまとまったので、もしかしたらお母さんも気付いていたのかも知れない、佐藤君はそう付け加えたけれどね。ともあれ早い内に処分することができて佐藤君も安心した。
 新しいテレビにしてから、まだお父さんは現れていない。


※2012年脱稿・2018年改稿


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