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ニチャン・リンポチェの思い出

  今年2月14日にご示寂されたチベットの高僧ニチャン・リンポチェの法要が、長崎県諫早市のお寺で営まれました(2月19日〜25日)。
 亡命以前のチベットで仏教の学習・修行を達成された、最後の世代の方でした。
 亡命騒ぎがなければ、宗派の本山で、将来仏教を教えるお坊さまの指導をおこなわれる役割の先生でした。
 亡命後、今のようにインドやネパールの各地にチベット仏教のお寺が再建される前、インドのサンスクリット大学に設けられた学僧育成のための講座で、最大宗派のゲルク派のゲシェ(仏教博士)と共に、教授をつとめられました。
 それはリンポチェが、東チベットのリメー(超宗派)運動のなかから生まれたケンポ・シェンガによる十三大論註のエキスパートだったからです。
 ダライ・ラマ 法王も、リンポチェの先生のおひとりでもあるクヌ・ラマ ・リンポチェ(1894-1977)から、ケンポ・シェンガ註を学ばれたそうです。
  十三大論とは、古代のインドに仏教が存在していた時に、仏教の学習に用いられた以下の十三のテキストです。

戒律:『波羅提木叉経』、グナプラヴァ『律経』
アビダルマ:アサンガ『倶舎論』、ヴァスバンドゥ『大乗阿毘達磨集論』
甚深なる見解(中観):ナーガールジュナ『中論』、チャンドラキールティ『入中論』、アールヤデーヴァ『四百論』
広大行(般若・唯識・如来蔵):弥勒の五法(『現観荘厳論』、『大乗荘厳経論』、『中辺分別論』、『法法性分別論』、『宝性論』)

 チベットの各宗派では、開祖やその宗派の特徴ある教えだけでなく、古代インドの倶舎や唯識、中観などの学習をすることが重視されてきました。
 それは、開祖の方々はインドの仏教理解を正しく踏まえられ、それを正しく伝え、実践できるようにと教えを説かれたのですが、開祖の教えだけだと、いろいろ解釈ができてしまい、何が本当の教えだか、わからなくなってしまう危険があるからです。
 並行して古代インド以来の基礎学も学べば、可能なさまざまな教えの解釈のうち、どれが仏教的に正しい理解、開祖の伝えられようとしたことなのか、はっきりさせることができます。

 とはいえ、チベットの仏教の歴史の中でも宗派による対立は生まれ、それではいけない、どの宗派の教えも釈尊の教えを受け継ぐものだと起きたのが、東チベットのリメー(超宗派)運動でした。
 基礎学も、それぞれの宗派の解釈が生まれていて、それらを排除して、インドに仏教があった時代の解釈のみに基づいて書かれたのが、ケンポ・シェンガによる十三大論註です。
 リンポチェは、「チベット人の言葉は一切はいっていないよ」とことあるごとにおっしゃっていて、
 私は、それは「チベット人の解釈は入れていない」という意味でおっしゃっていると思っていたのですが、たまたま、ある註釈の教えを受けることができた際に調べたところ、ケンポ・シェンガ註は、古代インドの註釈書のチベット語訳を切り貼りして、通読できるように仕立てあげていることがわかりました。
 文字通り「チベット人の言葉は一切入っていない」!

 私にとって、教えを受けることができたことは超ラッキーだったのですが、将来仏教を指導されるお坊さまの育成、というリンポチェの本来のお仕事からしてみると、正直、「猫に小判」で、
 もし、日本の仏教の各宗派から2、3名ずつでも、意欲ある方がリンポチェの元で学べば、何が教えの正しい解釈か、また、開祖が釈尊以来の仏法を正しく受け継がれていることを確信でき、本当によかったのに、と思います。

 昔、日本のお寺に招かれて、講演「日本仏教がチベット仏教に学ぶもの」をおこなったことがあります。
 一緒に教えを受けている知人が、「吉村がお寺で話すそうだから、一緒に行きません?」とリンポチェを誘い、「それはいいですね、行きましょう!」と来てくださったのですが、
 私にしてみたら、リンポチェの前でチベットの仏教の話をするのは、口頭試問のようなもので、冷や汗たらたらでした。特に最初のあたり、私から見て最前列の左端に座られているリンポチェの反応が気になり、チラチラ見ています。
 帰りの車の中で、感想を聞かせていただいたのも、今にして思えば、懐かしく、ありがたい思い出です。

  iPhoneが、フォルダの写真を使って、勝手に思い出の動画(スライドショー)を作成していました。
 見ていたら、色々な思い出が蘇り、涙がとまりませんでした。

 リンポチェのご法体は、インド・カリンポンのリンポチェのお寺に運ばれ、4月3日には、四十九日法要が営まれました。
 日本でも、新宿区のチベットレストラン&カフェ タシデレに、弟子や関係者が集まって、法要をおこないました。

Today marked 49 days Ghewa of Venerable Nyichang Rinpoche.

Posted by Buddha Pada Institute on Wednesday, April 3, 2024


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