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“モバイル営業”成功の条件

 <要約>当初のモバイル営業の流行は、ITメーカーの多少オーバーな喧伝だった節がある。だが、最近のモバイル営業の現状を見ると、すっかり定着して営業活動に有効活用している会社が現れてきたのも事実だ。しかし、従来の営業のやり方からモバイル営業に変えて、営業成績は目に見えて上がっているのだろうか。ここが一番肝心な点ではないだろうか。


 “モバイル営業”と言うキーワードが、数年前に流行したことがある。ここで言うモバイル営業とは、ノートパソコンは言うまでもなく、PDAと呼ばれる携帯端末、携帯電話などのIT端末を使って、社外での営業活動でITを活用することだ。自宅からパソコンを使って営業情報を会社のコンピュータシステムに発信したりすることも、モバイル営業に含まれるだろう。

●“モバイル営業”は必ずしも営業成績の上昇に結びついていない

 当初のモバイル営業の流行は、ITメーカーの多少オーバーな喧伝だった節がある。だが、最近のモバイル営業の現状を見ると、すっかり定着して営業活動に有効活用している会社が現れてきたのも事実だ。しかし、従来の営業のやり方からモバイル営業に変えて、営業成績は目に見えて上がっているのだろうか。ここが一番肝心な点ではないだろうか。

 モバイル営業の失敗例と成功例を挙げながら、肝心の営業成績アップに結びつくモバイル営業の条件について考えてみよう。

 <失敗例>A社は産業機械のメーカーである。A社の営業スタッフは2年ほど前からノートパソコンを使ってお得意先でデモを行っている。また、お客様と打合せを実施した直後に、移動用の車の中からノートパソコンで打ち合せ内容の要点を本社にeメールで送信し、営業部長に事後の指示を受ける体制作りを目指していた。

 パソコンを使ってのデモに関しては、お得意先の評判は結構良い。やはり視覚に訴えた方が分かりやすいと言うことだ。もっとも、eメールの活用は残念ながらうまくいっていない。肝心の営業部長が営業回りで外に出ていることが多いために指示が遅れがちで、営業スタッフのeメール活用は次第に下火になってしまった。

 <成功例>B社は化粧品の訪問販売を行っている会社である。営業スタッフは、全員が一日のほとんどを外回りに費やしている。従って、営業部長と一般の営業スタッフはほとんど接触を持つことができず、必要な連絡事項さえ十分に伝わらない状態であった。そんなB社では携帯電話を営業スタッフ全員に持たせることになった。当初の目的は、営業結果の報告やトラブルが発生した時の連絡用であったが、使用しているうちに営業部長から営業スタッフへの指示を携帯メールで伝えることが多くなってきた。

 営業スタッフにはお客様に化粧を施すのが得意な人もいれば、商品知識に長けている人もいる。A氏がお客様から髪の毛のケア用品の質問を受けたとして、A氏にその商品知識が薄い場合、A氏は営業部長に電話を掛ける。すると営業部長はそれが得意な営業スタッフ数人に携帯メールを送って、メールを受け取った人のうち手の空いている人がA氏に電話を掛けて助言を行うシステムが自然にできてきた。こうしたバックアップがあれば、A氏がお客様のお宅を再訪すれば、売り上げにつなげるチャンスが生じるというものである。このシステムは各営業スタッフの評判がよく、今では完全に定着している。

●ITツールを“営業活動の本質”の質的向上につなげているか?

 A社のようにノートパソコンを持ち歩いてお客様先で即座にデモができれば、プレゼンというステージでは視覚に訴えた分かりやすい説明ができて効果絶大だ。そんな営業スタッフは一見スマートに見える。しかし、そのこと自体が受注が決まる決定打とはなり得ない。A社の場合は肝心のeメール活用がうまく行かず、結果的に営業成績を向上させるまでには至っていない。

 受注を決めるのは、提案内容そのものの斬新さであったり、営業スタッフの誠意、お客様への素早い対応という“人間的要素”であったりするのが現実だ。A社はここをきちんと押さえないと成功は難しいだろう。B社の場合は結果オーライでうまく行っている感が強いが、この情報共有の仕組みをチーム全員が意識的、日常的に実践する体制に持っていく必要があるだろう。こうなると、B社にとって携帯電話は無くてはならないモバイルツールとなるのである。

 このように、モバイルツールは確かに強力な営業の武器になり得るが、使い方一つで効果は大きく左右される。モバイルツールの導入から入って営業スキルを鍛えるのも良し、営業スキルを鍛えてからモバイルツールを活用するのも良しだが、要は、営業スタッフの営業スキルそのものの強化なしには、営業成果は得られないと言うことだ。

 しかも、道具が便利になった分、ITツールの弊害も見うけられる。例えば、PDAにやたらにスケジュールを入れる人がいる。そのこと自体は何の問題も無いが、肝心の営業の基本動作を忘れてしまうと本末転倒だ。筆者が見聞した例では、PDAを使いこなしながら、往々にして平気で約束の時間に遅刻してきたり、事前の断りもなく商談中に携帯電話に出たりする営業スタッフがいる。これではノートパソコンを使ってどんなに素晴らしいデモを行っても、お客様の信頼が得られるはずが無い。

 別の弊害として重大なのはセキュリティ問題だ。営業用のノートパソコンには、当たり前のように顧客情報や各種の営業用データなどが入っている。いわば機密事項を大量に持ち歩いているようなものだ。単なる携帯電話でさえ、顧客情報が一杯詰まっていることだろう。もちろん、従来のアナログのやり取りでも、お客様の名刺の取り扱いや、お客様とやり取りした書類(提案書や見積書など)の取り扱いに関するセキュリティ問題は実在していたが、モバイル営業になると、持ち歩く機密情報が格段に増えることを考慮すべきだろう。

 セキュリティ問題にキチンと対処できない場合のモバイル営業はリスクが大きい。便利な道具にはそれだけ大きなリスクがついて回る。その分、営業スタッフのセキュリティ意識を鍛えたり、普段から書類や名刺、データ類の整理や取り扱いなどの日常動作に関して一層の厳しさが求められるということだ。

 PDAやノートパソコン、携帯電話などは単なる道具である。営業を行なうのはあくまでも人間であり、営業の成否を決めるのは営業スタッフの営業スキルなのだ。モバイル機器を使いこなせるが営業スキルの低い営業スタッフよりも、モバイル機器を使えなくても営業スキルの高い営業スタッフの方が、営業成績ははるかによいはずである(ただし、モバイル機器を使いこなせて、なおかつ営業スキルの高い営業スタッフは、更に営業成績が良いであろうが…)。

●改めてヒューマンスキルの重要性を強調する

 いったい営業スキルとは何であろうか? 突き詰めると、結局はマメさである。顧客情報をマメに集め、マメにメモしてマメにお客様への働き掛けを行い、しかもそれらが自然な日常動作として身に付いていることである。結局は、PDAの機能はメモであり、手書きの手帳しか無くてもできることは同じなのである。つまり、ITツールを使ったからといって、突然仕事が出来るようになり、受注が急に増えるなどというような“魔法”は起こり得ないのである。

 現在はIT一色の時代とも言えるが、このような時代だからこそ、なおのこと、ヒューマンスキルが重要視されてくる。ITツールを導入する際は、単なる省力化だけでなく、ヒューマンスキルの“質的向上”を目標としなければならない。いくら便利な道具を使えても、それが“全自動洗濯機”になってしまって肝心のスキルが低下していくようでは、元も子もないのである。

(本記事は、「SmallBiz(スモールビズ)※」に寄稿したコラム「近藤昇の『こうして起こせ、社内情報革命』」に、「第69回 “モバイル営業”成功の条件」として、2004年3月2日に掲載されたものです。)
※日経BP社が2001年から2004年まで運営していた中堅・中小企業向け情報サイト

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