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中小企業の現場から手書き作業が消えない理由

 中小企業の現場では、実に多くの手書き仕事が残されている。これは、基幹業務のIT化、事務処理業務のIT化を始める際に、必ずといってもよいくらいぶつかる問題である。「そんなものは直ちに止めさせて、キーボード入力に切り替えさせればよい」と思われるかもしれないが、これが結構難しい。当の企業の社長もこの事態を問題だと思っておられるのだが、どうしてよいか分からず放置していることが多い。年商数十億円クラスの会社でも、この実情はさして変わらない。
 全くパソコンが導入されていない部署ならある程度理解はできるのだが、最近では中小企業でもパソコンの導入率は高い。パソコンが1台や2台は存在していて、エクセル、ワードなどは当たり前にインストールされている。経理システム、給与計算システム、販売システムなどの定番ソフトもきちんと稼動しているのだ。これからの企業経営にはIT活用が大前提と思っている我々から見ると、パソコンが側にありながら手書きで事務をこなしているさまは、あまりにも違和感があるし、無駄を感じてしまう。

 だが、手書き仕事をしている当人に聞いてみるとどうもそうではないようだ。ある卸売業の営業所で、キャリア20年の営業アシスタントのA子さんに、IT導入のためのヒヤリングをした。「私はパソコンなんか使わなくっても仕事はできるし、仮にパソコンを導入しても、これ以上の仕事の効率化などありえません。かえって能率が落ちるだけです」…A子さんはこう言い切った。こういう職人肌の事務職の方が歴史のある中小企業には多い。10年、20年とずっと手書きで仕事をしている人にとっては、確かにキーボード入力よりも手書きのほうが早く文字を書けるし、計算もエクセルより速く正確だったりするから始末が悪い。「いまさらパソコンなどを使っても効率があがるとは思えない」という当人の主張も、あながち間違ってはいないのだ。

●“IT武装した職人”を育てよう

 問題は、だからといって、その人に手書きのままで仕事を続けてもらうかだ。答えは当然「ノー」である。職場のIT化の最大の目的は「全体の効率化・最適化」にある。そのためには、仕事の属人性の排除、情報の共有化、業務の標準化、引継ぎ業務の簡便さなどの「会社の大義」を第一優先にする必要があるのだ。理想的には、一人ひとりの社員にとっても最適化が進んだほうがよいに決まっているが、全体の最適化を達成する過程では、個人の事務作業の非効率には目をつぶる必要がある。A子さんが、パソコンを使うよりも手書きのほうが仕事が速かったとしても、IT化をストップする理由にはならない。

 こうした抽象的な目的というものを、職人肌の人に理解させるのは難しい。“職人”はあくまで自分の経験や身体が覚えていることから物事を考えるからだ。そのためには、トップが本来の目的を見失わずに、何回でも情熱を持って会社として達成したいことを社員に語りかける必要がある。職人肌のベテランなんかいらない、というのも極論だろう。こうした人たちの勘や経験は、中小企業の現場にはなくてはならないものだ。それに、若手をどんどん採用できるゆとりのある中小企業も少ないはずだ。だったら、時間がかかっても、ベテランの方たちに“IT武装した職人”になっていただく以外にない。

 もっとも、本当に小さな会社では、仮に手書き仕事の改善を実施して3分の1の時間で同じ事ができるようになったとしても、空いた時間にしてもらうことがないという現実的な問題も存在する。効率一辺倒ではない、生活共同体である中小企業のIT化には、そうした側面があることも付け加えておく。

(本記事は、「SmallBiz(スモールビズ)※」に寄稿したコラム「近藤昇の『こうして起こせ、社内情報革命』」に、「第18回 中小企業の現場から手書き作業が消えない理由」として、2002年2月12日に掲載されたものです。)
※日経BP社が2001年から2004年まで運営していた中堅・中小企業向け情報サイト

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