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梵鐘受難史(2)

(1)はこちら。

はじめに

昨今、梵鐘の受難と言うと除夜の鐘は騒音公害か、と言う何とも残念な話もある。子供の頃は紅白歌合戦の後、「行く年来る年」という番組で各地の鐘の音を聞くのも年中行事だったし、家に居ても鐘の音は聞こえてきていた。しかし、そのころは、その鐘の来歴に興味を持つことはなかった。
現在、鐘のない寺もあるし、ある場合には戦国時代以前に鋳造された古鐘か、戦後再鋳造されたもので、江戸時代から近代にかけてのものの殆どは現存していない、という、歴史で習ったはずの知識を、実際に寺院に参拝しても結びつけて考えたことがなかったのは、我ながら恥ずかしい話だ。
そう言う不勉強を出発点にして、残された鐘のことをコツコツ調べてみよう、と言うのがこの連載、である。


Sherry Fowler論文の事例

さて、The Emotional Toll of Wartime Bell Deployment in Japanである。この論の本文は、
Introduction
Mobilizing and Weaponizing Buddhist Bells for War
Embattled Bells
Memorial Services for Bells
Bell Memorials in Concrete and Stone
Bells as War Trophies and Remnants of War: Case Studies
Conclusion
と言う構成で、前半は金属供出の背景や実際の様子、石で代用した話などを紹介する総説で、最後のCase Studiesの中に、以下の4つの事例がとても詳しく紹介されている。
一部漢字表記もあり、地名もあるし、そもそも最近の調査なので、特定は簡単である。以下、本文にはないが、番号で表すことにしよう。
1 A Former War Trophy’s Conversion to Peace Bell at Myōkeiji
2 Shōjuin Bell: Ex-Military Mascot in Iowa
3 Genkakuji Bell: Journey to an Island Paradise Turns to Hell
4 Nensokuji Bell: Former Surrogate Takes a Long Journey Home

1の、戦利品が平和の鐘に、というのが、この記事のカバー画像にも使っている、清水妙慶寺の鐘のことで、アメリカでの発見から返還までの動きが細かく書かれている。また、著者も実際に清水で取材していることもわかる。寛政7(1795)年鋳造。
2、東京、新宿の正受院。これも、アメリカから返還されたもので、「平和の鐘」として新宿区登録有形文化財(工芸品)に指定されている。所蔵していたアイオワ州には、1962年、山梨県から新造の鐘が寄贈されている宝永8(1711)年鋳造。
3、こんにゃく閻魔として知られる小石川源覚寺汎太平洋の鐘」。サイパンの南洋寺に送られ、アメリカに持ち出されたものが返還された。元禄3(1690)年鋳造。
4、同じく文京区、白山の念速寺。この梵鐘は供出されながら埼玉の工場まで運ばれたまま改鋳されずに終戦。後に別の寺に引き取られたものが戻ってきたと言う例。宝暦8(1758)年鋳造。

それぞれ、江戸中期の鋳造で、滋賀の少林寺のような除外対象には出来なかったものが、元に戻った例であり、それぞれに特別な意味が付与され、平和の象徴として扱われているのは興味深い。

RESONANCE: THE ODYSSEY OF THE BELLS

ところで、上記論文の、妙慶寺の所に

The 2008 documentary Resonance: The Odyssey of the Bells provides footage of an interview with former Zen Center member Mimi Thebo, who organized a letter-writing campaign to have the bell returned to Japan.

A Former War Trophy’s Conversion to Peace Bell at Myōkeiji

と言う記述がある。妙慶寺の梵鐘の返還運動を主導したミミ・シボー(このカタカナ表記は妙慶寺「梵鐘の由来」碑文による)のインタビューを含む動画が2008年に作られているらしい。

妙慶寺解説碑

実は、最初に論文を読んで検索したとき、youtubeにRESONANCEと言うタイトルの関連動画があることに気づいた。しかし、これは10分に満たない短いもので、ほぼいすみ市大原の長栄寺(廃寺)のドキュメンタリーで、清水のことは出てこないので、同名の別作品かと思っていたのだけれど、どうやら一連のものであるらしい。
以下、この記録映画について判っていることを書きだしておこう。

公式サイト

resonancefilm.comという、この映画の公式サイトがある。フラッシュプレイヤーを使用している古いサイトだが、コンテンツは生きていて、作品の趣旨や内容を知る手がかりはある。監督はPaul Creagerと言う人物である。取材調査に協力した複数の日本人らしい名前も確認出来る。
the film(本編)には、4分ほどの予告編がダウンロードできるリンクがある。こちらも、大原長栄寺関連が殆どのように見える。
about(共鳴について)では、日本とアメリカの地図に、大原とダルース、清水とトピカのほかに、沖縄とアナポリスおよびアーリントンという、4つの関係線が示されている。
aboutのページのproduction(製作)によると、最初、2005年に、ダルースと大原の鐘の返還のことから調査が始まり、関係者取材などを経てNHKで放送されると更に情報が集まり、沖縄、英国も調査し、多くの事例が判明したが、最終的には二つの事例に絞って映画を作ることになった、と言うことらしい。完成したのかどうか心許ない文面であるが、少なくともSherry Fowlerは妙慶寺パートを見ている。もう少し情報を集めてみよう。
media(メディア)のページには各種資料があり、リンク切れもあるが、録画されたNHKのニュース動画(NHK TV program about Resonance (aired in May, 2006))もダウンロードできる。これも、主に大原の取材に基づいている。その下にある10-minute excerpt on Youtube.というのが、先に触れた短い動画だった。
media kitと言うのを開くと概要のpdfがあり、ここにはRun time: 55 minutesとあるが、NHKの放送では1時間半程度の長さ、と言っている。

関連サイト

この公式サイトの他に、ブログや寄付を募るようなサイトが残っている。
一つは、同じタイトルのブログ。2005年1月に取材を開始したところから2007年までの取材記で、最後の投稿では、2007年2月に映画が完成したように書かれている。コメントで荒らされている気配もあるが、記事には沖縄取材のことも書かれており、アナポリスの件は、琉球時代、ペリーに寄贈された、所謂護国寺の鐘、「旧大安禅寺鐘」のことだと判る。しっかり読めば他にもまだ貴重な情報がありそうだ。公式サイトとともに、Paul Creagerの問題意識と調査の展開は、読みものとしても非常に共感することが多い。
補足しておくと、アーリントンから返還された鐘は旧大聖禅寺鐘ではないかと想像する。沖縄では、ほかに旧永福寺鐘も返還されたようで、あとで改めて整理する為に記憶しておこう。
関連サイトはもう一つある。perfectduluthday.comというダルースのニュースサイトのなかに、先行上映会の案内記事がある。これによれば、2008年12月12日に、30分バージョンの上映と、この話を絵本化して出版したMargi Preusの講演があったらしい(この本は後に大原で日本語訳も作られたらしい)。この記事では、「over five bells brought to the United States after WWII」とあり、また、ダルースとトペカの二つの話に焦点化したこと、07年秋にミネアポリスのローカル放送で短いバージョン(youtubeにあるものと同じか)が放映された事も記されている。
同じ上映会は、09年4月29日にも行われたらしく、同じニュースサイトに案内がある。

日本のニュース

さて、記録映画が完成したのかどうか、完成版は見られるのか、など、判明していないことも多い。英文の記事も探せばまだありそうだが、私の能力の限界もあるので(それにしても、ほんの少し前ならとても無理だったことが可能になっていることを改めて実感している)、このパートの最後に、検索し得た、この映画に関する日本でのニュース記事を紹介しておく。

米国人ディレクター来沖 鐘を題材にドキュメンタリー(琉球朝日放送 報道制作局 2006年10月18日)
戦利品の鐘めぐる映像制作/米教員、沖縄など取材(四国新聞 2006/12/09)

ここまで、Sherry Fowler、「The Emotional Toll of Wartime Bell Deployment in Japan」を手がかりに英文の情報を中心に情報を探してきた。
このあとは、とりあえずweb検索で得られる、現存する返還された梵鐘についてのリストを作ってみよう。未定稿、というより、さしあたりの試作版という位置づけ。
多くの情報が得られることを期待しつつ。

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