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aikoに取り憑かれていく戻れない道

aikoがめちゃくちゃ好きです。aikoが好きだということだけで自分が何者かを判断してくれても全然構わない。もう20年近く聴き続け、CDを買うのは彼女の曲だけになりました。

aiko好きをはばかることなく公言して人生を歩いていると、
「で、おまえはaikoの何がそんなに好きなの?」
という162kmのどストレートを御恵投いただくことが少なくありません。 

その答えの大部分は個人的な愛によるものなので、これまで大抵は慎重に言葉を選びながらていねいに一塁側ファールラインぎりぎりにそっとバントを転がすような薄氷の返答をしていたわけですが、34歳にもなったいい大人がずっとそんな体たらくではいかんという思いもあり、ちゃんと他人様にセンター返しで説明できそうな内容の一端だけでも書き記しておきたいと思います。

まず、私にはaikoの声が楽器のように聴こえます。
(まだ読むのをやめないでください)

aikoの曲は、ファン(俗称「aikoジャンキー」)の間では、聴けば聴くほど味が出るということで「スルメソング」などと呼ばれています。

その理由の1つが、aikoの譜面を揺らす声です。 

aikoは声楽科を出たプロの歌い手で、まあ歌がうまい。確実に音階を捉えることができるだけでなく、幼い頃からジャズやブルースに親しんでいたからか、いわゆる「ブルーノートスケール」が喉に染みついて血肉化していて、ポップなのに実際にカラオケで歌ってみると全然真似できねぇエグいブルースの要素がほぼすべての曲に散りばめられています。譜面に書かれた音符を自由に揺らすように、1つの音符の残像を残しながら次の音符に繋げていく連鎖が全体で譜面の3倍くらいの広がりを持って聴き手(俺)の耳に響く声を、aikoは持っています。

そして、彼女の曲は、99.5%が恋愛について書かれています(今野調べ)。

完全に昼夜逆転生活を送っている彼女の、深夜のラブレターそのまんまの勢いで書き留めた歌詞が、42歳の人生円熟期を迎えた情感込もった声で発されます。

これがヤバすぎる切なさで、何らかの「業」を感じさせるわけです。 

さらに、その歌詞が恋愛を俯瞰する曲じゃない。「私だけが見つめているあなたの好きなところ」「私とあなたの間だけに生まれたもの」を歌う。絶対に一般化しない姿勢が徹底している。

あなたの八重歯や鼻先に流れる汗はあたしだけのものとか、元カレに再会したら髪を触る仕草が昔と変わってなかったとか、一緒に見た海辺の落日とか、冷蔵庫の温かさに触れてあなたの体温を思い出すとか、聴き手が共有できない自分だけの出来事かつほんの一瞬の場面を閉じ込めて熟成させて濃度を落とさぬまま5分前後の曲に巻き上げていく。

針の先のような固有の出来事を、時間軸を歪ませながら、aikoとイヤホンの先の聴き手1人だけがかろうじて入れる絶妙にギリギリの小さな世界に広げて作られた曲に閉じ込められる。自分だけが感じたことを書いて歌わなければ生きていけないというヒリヒリするような表現者の緊張感に、徹底的に己のことだけを歌っているのに自分の心に届く感覚に、どんどん取り憑かれていく。

きっとキャリアの最後まで彼女の曲を聴き続けるなかで、一見全て同じようなことを歌っているように見えて誰も追いかけられない孤高の道をストイックに歩み続けるaikoが自分の中で占めるポジションの他を持って替え難い替え難さが半端ないレベルに達していくのを日々感じるわけです。  

いや、何が言いたかったのか。これだけ書いても、何も言えねぇという感じです。今日は『もっと』『何時何分』を聴きながら、やっぱどうしようもなくaikoが好きだわ、と感じただけでした。  

最後まで読んでくださってありがとうございました。

#aiko   #好き #音楽 #表現

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