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創作短編【お題】2020年の元旦/トカゲが/明治神宮で/サーカスした話

チケットは、当たらなかった。

東京オリンピック観戦という
「誰もが納得する
 東京へ行く理由」を失って
茶の間で悩んでいたら、
母が
今年の年越しは家にいるのか
尋ねてきた。

毎年取り寄せている
新潟の美味しいお蕎麦が
何人前必要なのか
知りたいのだそうだ。

あ。そっか。
初詣。

「私、その日いない」

決めた。
明治神宮で初詣することを理由に
東京へ行こう。
急いで航空券を予約した。

  

 

東京へは
何度も来ているけれど、
いつも
目的の場所へ向かうのにやっとで
明治神宮を
参拝したことはなかった。

「すごい人だかり…」

うんざりするほどの人が
白い息を吐きあって
ひしめき合っている。

「う…気持ち悪い」

久しぶりの人混みだったからか
思わず
人酔いしてしまった。
よろよろになりながら
人をかき分ける。

あ。
あそこが空いてる。
視界の外れに
ぽっかりと
人のいない空間が見えた。

少しでも
新鮮な空気を吸いたくて、
引き寄せられるように
その空間へ向かう。

 

 

「ヨッテラッシャイ、
 ミテラッシャイ、
 ワレラ
 シッポ・サーカス、
 ジマンノ
 キョクゲイデス」

何を見せられているのだろう。

人混みをかき分けてみたら、
色とりどりの
数匹のトカゲが
小さな囲いをこしらえて
曲芸を披露していた。

トカゲは一様に
てちてちと
小さな後ろ足で
器用に二足歩行していて、
玉乗りお手玉に
ナイフのジャグリング、
火の輪くぐりまで披露している。

なんだこれ。

私は たしか人に酔って
雑踏を離れただけのはずだが。

「オオ!オキャクサマ!
 ナント オウツクシイ!

 ホンジツ
 オアイデキタ ゴエンニ
 オキャクサマ ヲ
 ウラナッテ サシアゲマス!」

気づくと
シルクハットを被った
小さく真っ赤なトカゲが
目の前まで来ていて、
シワシワの手で
米粒大の
タロットカードを取り出した。

「サア、
 イチマイ ヒイテクダサイ」

差し出されたカードは
小さすぎて
引けたのかどうか怪しかったけど、
赤いトカゲは
「フムフム」
と言いながらカードを見つめ、
私の方へ向き直った。

「オキャクサマ、
 ヒトヲ サガシテ
 イラッシャイマスネ」

「ええ」

「ソノヒトハ モウ
 ミツカリマセンネ」

「…ええ」

「デモ」

「でも?」

「ミセテ サシアゲルコトハ
 デキマス」

そう言うと、
赤いトカゲは私に背を向けて
さっきまで
火の輪くぐりが披露されていた
台の前で立ち止まる。

「サア、ヨクヨク
 ゴラン クダサイ。
 サイゴノ エンモク デス」

赤いトカゲが手をかざすと、
火の輪の中に
ぼうっと 亡き父の顔が見えた。

「…」

思わず
声が漏れそうになる。

 

 

7年前の冬、
父は行方不明になった。
いつものように
「行ってきます」と家を出て、
そのまま帰らなかった。

父の行方がわからなくなって
1ヶ月が経つころ、
警察から
父の遺体が引き渡された。

倒れているところを発見され、
見ず知らずの
東京の病院で
息を引き取ったらしい。

末期のがんだったことを、
私たち家族は
そのとき知らされた。

 

 

あれからかなりの月日が経ち
もう父は
帰ってこないことなど
わかりきっている。

ただ、なぜ父は
最期の地に東京を選んだのか、
どんな景色を見て
死んでいったのかが知りたくて
この時期になると
ついつい東京へ来てしまう。

そのことを
母には悟られたくなくて
つい、
適当な理由を見つけては
航空券を予約する。
まあ、
わかっているとは思うけど。

 

 

火の輪の中の、父が笑う。

めらめらと燃える炎が、
遺影の額のようも見える。

お父さん、お父さん。

顔を見ていると、
最後に玄関で見た光景が
さっきのことのように
思い起こされる。


 

バシャッと水がかけられ、
輪が消火されると同時に
はっと我に帰る。

「ホンジツノ ダシモノハ
 イジョウニ ナリマス。
 オキヲツケテ
 オカエリ クダサイ」

色とりどりのトカゲたちが
一列になって
ぺこり、とお辞儀する。

「待って」

お礼を言わなくちゃ。
そう思って
叫んだ声も虚しく、
瞬きしたら
サーカスの囲いもトカゲも
いなくなっていた。

幻覚でも見ていたのだろうか。

否、
指先には
タロットカードと思しき
米粒大の紙が乗っている。

小さすぎて
なんて書いてあるかは
まったく読めないけれど、
その紙切れをつまんで
そっと貴重品のケースに入た。

 

 

すっ、と深呼吸する。

来年の冬から
東京へは
来なくて良さそうだ。

帰ろう。
母の年越しそばが
まだ余っているかもしれない。


 

るるんさん、
お題のご提供
ありがとうございました!

写真素材:ぱくたそさん

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