《あづみさん》からのお手紙

近衛寮広報室の皆さま

はじめまして。
「ワンダーウォール」ドラマ版、劇場版ともに繰り返し拝見しております。

登場人物皆がとても魅力的です。映像にはなっていないのに、各々の日常やこれまでの人生が想像できるというのは凄いと思います。
この作品は今の私の励みになっています。と言うのも、私的な話で恐縮ですが、私も今、形は違えども二つの力の戦いという同じような局面に立っているからです。

私の立ち位置は北島学生部長に一番近いと思います。双方の板挟みになっていると感じです。両者とも言い分は間違っていません(全部ではありません。どちらにも正しい部分があるということです)。ですから、私はどちらにも共感する所があります。その為、軽はずみに一方に加担するわけにはいかないのです。両者の溝は深まるばかりで、どちらも傷だらけの状態ですから、これ以上戦いを長引かせる事はできません。そしてこの問題についてキーパーソンとなっているのはやはり私があって、自分がどうにか動かなければならないのです。香のように、人の為に想像力を働かせる事ができる人に相談できればいいのですが、非常にセンシティブな問題ですので、私一人で考えなければなりません。この問題の解決につながるのであれば、私は何でもしますし、自分が傷ついてもいいと思っています。

このような状況でこの作品を観て、劇中の志村の「本当にそれで正しいのなら消えてもいいんです、僕は」というセリフが心に染みました。

私事を長々と書いてしまいましたが、これは別として、皆さんはどのキャラクターを理想としますか?私は岡山さんと同じように志村です。フラットに考え、常に熟慮してから言葉を選んで発言する人を目指しています。

若しくは、作品と同じように大きな権力と戦う場に直面したら、皆さんは自分がどのキャラクターに一番近くなると思いますか?

プライベートな事を含めて長くなってしまい、すみませんでした。皆さんの思うところをお聞かせいただければ幸いです。

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すみません。先ほどのメールで書き忘れ、それでもどうしてもお伝えしたかったことを補足させてください。

志村の「本当にそれで正しいのなら、(寮が)消えてもいいんです、僕は」のセリフの気持ちを、私は遠く及びませんが、これから出来る限り持ち合わせていきたいですし、沢山の方々がこれのほんの少し、欠片でもいいから思ってくれたら、身体的にも精神的にも傷ついて血を流す事が減るのではないかと思います。
ですから、私にとって志村はロールモデルです。このキャラクターを生み出してくださった渡辺あやさん、そして演じてくださった岡山さんにとても感謝しています。

素晴らしい作品を届けてくださり、皆さま本当にありがとうございます。自分の中に生涯残る作品です。

⇨✉️監督・前田悠希からのお返事

この度は、近衛寮放送室へのご投函、誠にありがとうございます。

お手紙を読んで、きっといま、とても辛い状況におられるのだと想像いたしました。私は、「どちらを選んでも、片方を深く傷つけてしまう」二者択一を迫られた経験があります。最初は、どちらも両立しうる道を模索していましたが状況がそうさせてはくれませんでした。
結局私はある選択をしました。その結果、選ばなかったもう片方の当事者(Aさん)を傷つけてしまった。それから長い時間、Aさんとは溝ができて会うこともなくなりました。

ですが、先日、Aさんと再び会う機会がありました(きっかけは奇しくもコロナウイルスでした)。まだわだかまりが完全に消えたわけではないけれど、私にとっては胸がいっぱいになるような特別な一日でした。事態はいい方向に流れ出しているな、と感じました。

物事には、ある”タイミング”、”かかる時間”というのが常に存在するのだ、と思いました。それぐらい選択した当時では、想像もできない状況だったのです。
あづみさんがいまどんな大変な状況におられるのか分かりませんが、それでもそんな辛い状況が”融解するとき”が訪れることを、心よりお祈りいたします。

大きな権力に立ち向かうとき、いまの私は、きっとキューピーみたいになるだろうな、と思います。基本的に争いが苦手だし自分には大きな力はないけれど、何かしたい。そんなムズムズしたものを抱えながら、戦うことになりそうです。
そんな私にとって、大きなものを引き受けられる三船の力強さには心惹かれるものを感じますし、志村の深い海のような思慮深さには敬服してしまいます。
いずれにせよ、あやさんが生み出して下さった「ワンダーウォール」のキャラクターたちは、大きな愛情を心の中に秘めています。そして、何らかの形で、自分のできうる範囲で、その愛するもの(近衛寮)の痛みや苦しみを引き受けている。私にとっては、そのことに人間の一つの理想と希望を感じます。自分もそんな愛情を湛えた人間を目指したいなぁ、と思います。

                         前田悠希(監督)