怪盗メノウと翡翠 出会い

葦切翡翠は走っていた。

ここは葦切家のお屋敷。翡翠は植木などに隠れながら、屋敷の外へと向かっている。

「まったく、約束しなきゃよかったかな…」

小声でそうぼやくと、翡翠はため息をはく



「ねぇ、翡翠!聞いているの?」

学校の昼休み、氷魚はぼぅーとしている翡翠に不満そうに言う

「聞いているよー」

のんびりとした口調で翡翠は答える

「じゃあ、私が話していたことは何か分かる?」

「怪盗メノウ」

翡翠は即答する

「むー、今日の夜、美術館に行かない?」

氷魚の言葉に少し眉をひそめる

「夜に? はたまたどうして…」

「ニュース見てないの?近くの美術館に怪盗メノウ様が入るって」

メノウという言葉に少し諦めの表情で氷魚を見る翡翠

「あーわかった。予定に入れとけばいいんでしょ。でも、行けないことも考慮に入れてよ?」

「うん、わかった!」

氷魚は行くという返事を聞いて、嬉しそうな笑みを見せた

「…本当に分かってる?」

翡翠は訝しそうな顔

「わかってるってば、屋敷から抜けてくるんでしょ?」

「はっきりとそういう事言わないの。マーレンの目を誤魔化すのはすごく面倒くさいんだから…」

嫌そうな顔をする

「うん、だから…また連れてってあげるね?非日常が堪能できる場所へ!」

翡翠はそんな氷魚の言葉にびっくりする

「氷魚…」

「あのメノウ様を翡翠にも見せたいの!」

その言葉にぷっと吹き出す

「本当に氷魚は怪盗メノウが好きね…」

「だってかっこいいじゃない!あっ、そうだ。ねぇ翡翠、今回メノウ様が盗むもの知ってる?」

「えっ、美術館の奴じゃないの?」

「うん、それはそうなんだけど、今回のは……白い翡翠」

翡翠は氷魚の言葉に一瞬、驚いた顔をする

「それって、元々あったやつなの?」

「ううん、確か寄贈だったと思うよ。でもどうして?」

「ちょっと珍しいなと思っただけ…だよ」

翡翠はいう

「ふーん。で、待ち合わせ時間なんだけど…」



木のぬくもりがただよう夜の美術館

ようやくたどり着いた所で携帯からメールの音が鳴る

それに気づき、翡翠はポケットから携帯を取り出した

「んーこの中を探すのか…」

怪盗メノウが現れると聞いたファンの方々で美術館の周りは人がいっぱいだった。翡翠はその状況にため息を吐くと、人が少ない所に向かう

「怪盗メノウだ!」

一人の男の声がした。思わず、上を見上げると、美術館の屋根ような所に人影が見える。すると、翡翠がいた場所にも人が押し寄せる

あっと声をあげた時には周りは人で密集していた。翡翠は決死の思いで人の波から抜け出そうと試みる

数分後、なんとか人の波から抜け出した

翡翠ははぁ…とため息を吐く

「あっ…ここ」

いつの間にか、美術館の裏側に来ていたらしく、人の波の外には静けさがささやき始めていた。

もう向こうには戻りたくないと、人の波の反対方向に向かい始める。その頃には怪盗メノウが警察の目の前で姿をあらわしたらしい。警察官が慌ただしく騒ぎ始めていた

そんな音を聞きながら、翡翠は警察の目がない場所を目指して歩く

数分ほど歩くと、駐車場に出た。

そこには人っ子一人いない。翡翠は駐車場と美術館の境目に展示物の看板が置いてあるのに気がつく

そこには狙いの品である白い翡翠の写真が写っていた

「これが…白い翡翠。私と同じ名前の…」

写真に手に触れ、そうつぶやく

「見せてやろうか?」

声が聞こえた。思わず、上を見上げると、黒を身にまとった男の姿があった

「あなた、誰?」

翡翠がそう問う

そんな言葉に男は少し驚いたようだ

「そうか、珍しいな。ここにいるなら知っていると思ってたんだが…」

少し考えた様子で質問に答えない男

「ねぇ、聞いているの?あなたは誰なのか聞いているんだけど…!」

翡翠が強くそう言うと、男は翡翠と目を合わせた

「俺が?俺は…」

男がそう言った瞬間、男の姿を消える

「えっ…!?」

翡翠がそれに固まると、男はいつの間にか目の前に現われ、そっとおでこにキスをされていた

「なっ!?」

思わず、両手でおでこを隠し、後ろに飛びずさる

「なにすんのよ!」

男に向かって手を放った

パシッと音がし、男に手首を掴まれる

「俺は Sono l'agata di ladro.」

男は流暢に言葉を話して、あっと気づく

「ここでは通じないんだったか…」

「怪盗メノウでしょ。もう盗みは終わったの?」

少し顔が赤い翡翠は飄々した態度でいう

「イタリア語わかるのか?翡翠は」

名前を付け加えられ、翡翠は驚く

その様子に怪盗メノウはくすりと笑う

「さっき、これと名前が同じだって言ってただろうが」

メノウと呼ばれる怪盗は翡翠の胸元を指した

言われるがままに翡翠は自分の胸元を見ると、そこには白色の翡翠のネックレスがかかっていた。

「!…いつの間に…」

翡翠が驚くのを見ると、メノウは笑う

「さっき、ここにキスした時にな」

メノウは自分のおでこを指す

そんな言葉に翡翠は顔を真っ赤にさせる

「あーそうですか!」

顔を隠すように体を動かす

「あっちにメノウがいたぞー!」

大声が聞こえた

そんな声にビクリと肩を揺らす翡翠

メノウは、またか…とつぶやいて頭をかく

「日本の警察はしつこいな……」

たくさんの足音がし始めたのを聞いて、翡翠はメノウの腕を掴んだ

「ちょっと!どうするの!」

「大丈夫だよ」

怪盗メノウは一言そういうと、ピィーと口笛を吹いた

「え、なんでそのタイミングで大きな音を出すのよ!」

「しー、静かに。……来る」

口元に人差し指を当てて、メノウは言った

翡翠がその言葉に困惑していると、ピィーとさっきと同じ音がする

「おまたせ、ルゥ」

現われたのは大きな大きな鳥

「大きい……」

メノウはその大きな鳥の頭をやさしく撫でると、持っていたリュックサックから器具らしいものを取り出す

「ほら、こっちこい翡翠」

思わぬ鳥の登場に翡翠が固まっていると、メノウが翡翠の手を取った

「早くしねぇと警察来るぞ」

そう言われて、翡翠は足早にルゥと呼ばれた鳥の足元に来る。メノウは翡翠が近くまで来ると、ひょいとお姫様抱っこをやってのけた

「え、ちょっ」

「動くな。ルゥ、いいぞ」

トントンとルゥの足元を叩く。バサッと羽音がし、二人は宙に浮いた

「ちょっとどこに行くの!?」

慌てたように翡翠が言うと、メノウは不思議そうな顔をする

「どこって……お前の家だよ。警察にお前の顔、見られちまったかもしれないし」

そんなメノウの言葉に翡翠は驚いた顔をする

「翡翠、お前の家はどこにあるか教えてくれるか?」

改まった感じで言われ、翡翠は口をつぐんだ

「別に正確な場所じゃなくても構わないが」

メノウは付け足す

「葦切」

翡翠はそう一言つぶやく

「今、なんて言った」

「葦切って言ったの。場所はわかるでしょ?」

メノウはその言葉に酷く驚いた様子でじぃーと翡翠を見つめた

「……何か言いたいことでもあるの」

「いや、随分お嬢様の雰囲気と違うなと思っただけだよ」

「……私は葦切の血は引いてないもの」

翡翠は答えた

「葦切といえば、一人息子がいたはずだよな」

メノウがそういうと、翡翠はうなづく

「私はテレビとかそういうの一切出ないから、知らなくても驚かない」

「……翡翠は宝石とかで着飾ったりしないのか?似合うと思うけど」

メノウの言葉に一瞬、肩が震える

「私は、そういうの好きじゃないから」

ふわりと笑みを見せた

「……ルゥ、葦切の屋敷へ飛んでくれ。この街で一番大きな屋敷だ」

メノウの言葉を受け、ルゥはピィーと鳴いた後、向きを変えた

「なぁ、翡翠」

「なによ……」

「今の生活は楽しいのか?生活変わったんだろ」

そう一言。翡翠の目を見つめて、メノウは言った

翡翠はその言葉に瞳が揺れる

「どうしてそんなこと聞くの?」

訝しげにそう聞く

「なんとなく? そんな感じの顔をしてたから」

メノウはニコリと笑う。そんな答えに翡翠は眉をひそめる

「……変なの。あなたはただの怪盗なのに」

「怪盗ね……」

クスクスとメノウが笑って、翡翠はその笑いが理解できない

「確かに怪盗ってのは物を盗む奴の愛称だけど、それは愛称でしかない。別に俺が何を言っても変わらないだろ」

「それはそうだけど……」

メノウの言葉に翡翠は少し不満げな様子

「まぁ、とりあえず。お前の家が見えてきたぞ」

その言葉にえっ、っと声を上げる翡翠

「いつの間に……」

「直線距離だとそんな遠くない距離にあるからな。お前の部屋に降ろしたほうがいいだろ?」

「え、あぁ……その方がいい」

コクリとうなづいた

「屋敷の裏側に回って、バルコニーがあるところでいいから」

「おう。ルゥ、向こうだ」

メノウが言うと、ピッと鳴いて移動する

「ねぇ、怪盗メノウ」

「なんだ」

「Come si chiama, Lei?」

翡翠は流暢に質問する

「Si chiama Manolo.日本語で言えば、マノロ」

「本名答えてくれると思わなかった……」

ちょっと驚いた様子

「お前の誘いに乗っただけだよ。ほら」

メノウ(マノロ)は翡翠をバルコニーに降ろす

「あ、ありがとう……」

「おう」

メノウ(マノロ)は翡翠と同じく、バルコニーへと降りた

ここまで連れてきたルゥは羽を休めるように翼をたたむ

「おつかれ、ルゥ。二人は重かっただろう?」

すると、ピィーと2回鳴いた

その声を聴いて、クスリとメノウ(マノロ)は笑う

「そうか、まだやれるか」

翡翠はその様子を少し驚いた表情で見る

「ん……?どうかしたか」

メノウ(マノロ)は翡翠の顔を見て、声をかける

「……え? あぁ、動物と話せるの?」

一瞬、間があって翡翠は質問する

「いや、違うよ。こいつは人の言葉が理解できるんだ。2回鳴いたら、ノーって意味」

「そうなの……」

翡翠はルゥを見つめた

「さてと……」

メノウ(マノロ)はピィーとを吹いた。すると、ルゥはバサリと翼を羽ばたかせ始める

いつの間にか、メノウ(マノロ)はルゥの足元に移っていた

「あ……」

という言葉が漏れる

「なぁ、翡翠」

「なに? 」

「また会いに来る」

メノウ(マノロ)は言った

「え……」

翡翠は目を丸くする

「だってお前、退屈だろう? こうやって連れ出してやるよ」

ニヤリとメノウ(マノロ)は笑って、口笛を吹いた

「ちょっ……!」

翡翠が言う前にメノウ(マノロ)はルゥの翼ではるか上空へと行ってしまった

「……どうして」

はぁ…とため息を吐く

「あ!?」

翡翠の首元には白い翡翠が輝いていた


キィィと金庫の扉を閉める

「……どうしようか」

翡翠はつぶやく。その時、携帯が鳴った

「……もしもし」

「あ、翡翠? 今どこにいるの?」

氷魚の声

「あー氷魚、それなんだけど……」

言いにくそうにすると、氷魚が察したらしい

「屋敷から出られなかったの? 」

「そうなの。マーレンが見張ってて」

「そっか。なら仕方ないね……」

残念そうにする氷魚

「そういえば、怪盗メノウに会えたの?」

翡翠は氷魚に聞いた

「そう、聞いてよ翡翠!メノウ様ね、美術館の裏で見かけたの!」

「そ、そうなんだ……」

「でもね、人波にのまれちゃって見失っちゃったの。それで聞いたんだけど、メノウ様の隣に女の子がいたんだって!翡翠、どう思う?」

興奮した声で氷魚は言った

「どう思うって……こんなに女の子に人気があるんだから、別にいたっておかしくないんじゃない?」

ぎゅっと手に力を入れながらも翡翠は言う

「やっぱ、翡翠もそう思う?メノウ様に彼女がいるって」

「え!? 彼女?」

驚いた翡翠の声に氷魚は続ける

「だってメノウ様、中々姿をファンに見せてくれないんだよ? いつも遠くから眺めているだけで……翡翠は知らない?」

「ううん、知らない。……だったらなんで」

翡翠は語尾が小さくなった

「最後、なんか言った?」

「!……ううん、なんでもないよ」

翡翠は誤魔化す

「そう? ならいいけど……」

「氷魚、もう遅いし、電話切るね」

「うん、そうだね。おやすみなさい、翡翠」

「おやすみなさい……」

そういって、電話を切る

その途端、翡翠ははぁ……とため息が出た

「メノウはなんで……私に声をかけたんだろう」

ベットに翡翠は倒れこんだ


コンコンとノック音が響いて、扉の開く音がした

「翡翠様、起きていらっしゃいますか?」

「うん、起きてるよ」

翡翠は起き上がり、ベットから床に足を降ろす

「どうかしたの?」

「翡翠様、少し聞きたいことがあるのですが……」

「何……マーレン」

「少し前に部屋に誰か、入れませんでしたか?」

その言葉にはっとマーレンを見る

「え? なんで」

「いえ……妙な気配がしたので」

淡々とマーレンは言った

「そうなの? 誰も入れてないけど……」

翡翠がそう言うと、マーレンはそうですか……と考えた様子

「少し屋敷内を見回ってこようと思います。夜分遅くに失礼いたしました」

軽く頭を下げ、マーレンは部屋を出ていった

マーレンがある程度遠くに行ったのを確認すると、翡翠はほっと息を吐く

「ばれなかった……」

金庫を見つめ、ひと間おいて金庫の鍵で扉を開ける。キラリと光る白い翡翠のネックレス。そっと触れた

「アルシオーネ……」

翡翠は自分が触れたことで一瞬、宝石を光ったことを確認すると、ふるふると首を振る

「……メノウに返そう」




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