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滑川への道①

 ホタルイカ、東京では3月ごろから市場に出回り春の訪れを告げる食材の一つだ。いわゆるイカの精緻なミニチュアのような体からは想像できないほどの旨味を蓄えたその味は、毎年私を魅了してやまない。
 このホタルイカという名前は、体に発光体を持ち、水揚げの際などに青く輝くことに由来する。

 「春の富山湾で光るホタルイカを見てみたい」-初めてそう思ったのはもう何年も前のことだ。テレビか何かで紹介されていたのを見て、「いつか行ってみたい」と思っていた。でもそれは、ハワイに行ってみたいとか、オーロラを見てみたいというのと同じような漠然とした思いだった。
 そもそもホタルイカの旬は3月半ばから5月前半までと短い。魚屋さんにホタルイカが並ぶ季節になってから見学に行くことを思いついたのでは、間に合わないのだ。
 ところが今年はなんとか2月中に思いつくことができた。ほとんど奇跡と言っていい。さっそくT先生に連絡を取り、ほたるいか観光に行ってみたいとLINEで伝えると、「ホタルイカ、美味しいよね」という反応が返ってきた。文豪夏目漱石には英語教師時代、「I love you」を「月がきれいですね」と翻訳したという俗説があるが、私はT先生からの「ホタルイカ、美味しいよね」を脳内で「ぜひ行きましょう!」と即座に翻訳した。
 同志を得て勢い付いた私は、さっそく調査を開始した。google先生による調査の結果、富山県滑川市では例年ホタルイカの漁期に合わせて「ほたるいか海上観光」というツアーが組まれていることが分かった。2019年のツアーは、3月21日(木)~5月6日(月) まで。今年のゴールデンウィークは10日もある。その内のどこかで行ければ、と思ったが、同じ考えの持ち主で、かつ、私よりも計画的に生きている人が日本中にいたらしく、ゴールデンウィークはすべて予約が埋まっていた。土日の予定もすべて満席。催行予定と空席状況を示すカレンダーの画面を未練たらしくにらんでいたところ、ふと空席がある日が目に止まった。4月26日(金)。ゴールデンウィークの開始1日前だ。10日もあるゴールデンウィークだ。1日くらい前倒ししたって大勢に影響はないはず、そう思って調べを進めていくと、ある重要な問題が目の前に立ちはだかった。
 「ほたるいか海上観光」では、当然ホタルイカ漁を見学する。ホタルイカは水揚げ時に輝くわけだが、それは周囲が暗いからこそ美しいわけで、当然のように漁は未明に行われる。ツアーの集合時間は深夜2時。26日に家を出たのでは間に合わない。
 結局私は25日と26日の2日間の休暇を申請することになった。「ホタルイカが見たい」なんていう理由でゴールデンウィークを2日もフライングする私を許してくれた職場と、一緒に仕事を休んでくれたT先生には感謝しかない。
 「ほたるいか海上観光」を取り扱っている旅行代理店は1社しかなく、ウェブからの申し込みは受け付けていない。電話で申し込みの意思を伝えたところ、担当者は爽やかに対応してくれたが、一通り話が済んだところで気になる言葉を発した。「実はこの時期の日本海は不安定でして、実際に漁を見学できる確率は50%くらいなんですけど、それでもいいですか?」。この時点で「それなら行きません」と言える人がいるなら会ってみたい。

一抹の不安を覚えつつ、計画はスタートした。

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