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大間への道③

2018年10月21日(日曜日)
 6時にホテルのエレベーター前に集合。まずは函館名物の朝市へ向かう。
とはいえ、場所はホテルから徒歩5分だ。昨夜は人気(ひとけ)のなかったアーケード街のお店がみんなやっている。朝市だから当たり前だが、町が生き返ったという感じがする。
 店頭のラインアップはどこもカニやいくら、ほたて、いかといったあたりが中心だ。あとはウニとほっけ、くらいだろうか。どこも変わり映えがしないからこそ、これという決め手に欠ける。お店の人たちの呼び込みもどこかシャイでそっけないから、なおのことこんな空気が生まれるのだろう。
 結局私たちが足を止めたのは、朝市の端っこ、もうあとは海、という場所にあるお店だった。ここでT先生がいくらのビン詰めを購入。「ビンを倒してもドリップが出ないくらいにいくらが詰まっている」というお兄さんの説明が決め手になった。こういう時、プレゼン力は重要だ。
 7時前にホテルに戻り、朝食。事前にみた口コミでも、このホテルの朝ご飯は期待できそうと思っていたが、本当にバリエーションに富んだ内容になっている。フロアも上層階で、大きな窓からは海が臨める。朝からいか刺しもある。お米もつやつやだし、ラーメンもある。昨日に引き続き食べ過ぎてしまう。
 8時ごろ部屋に戻り、荷造りをしてすぐにチェックアウト。大きな荷物はフロントに預け、駅前でタクシーに乗り込む。運転手さんに北海道胆振地震の影響を聞くと、観光客はぐっと減ったと言っていたが、それ以前に新幹線の駅ができたからといってそれほど観光客が増えたわけでもなく、そういう状況のところに地震があったので、本当に厳しいとのこと。ついには運転手さん自ら観光客となって旭山動物園までロングドライブを楽しんできたことまで教えてくれた。

 15分ほどで到着した函館のフェリー乗り場は想像以上に大きかった。建物は全体に白く、広い。まだ新しいようで、2階や3階はベンチが置いてあるだけで使い方さえ定まっていない感じだ。
各所にこの施設のキャラクターらしいイルカのステッカーが貼られているが、このイルカ、目がちょっとこわい。
チケットを入手し、しばらくお土産物屋さんをぶらぶら。
「水あめせんべい」という青森銘菓らしきものを発見し、買ってしまう。
パッケージには小坊主さんが描かれていて、21世紀であっても、やはり水あめといえば小坊主さんなんだとなぜかほっとする。

 9:00乗船開始。大きな船だ。広間みたいなところも広々していていい感じではあったが、今回は指定席を予約していたので、そちらへ。船内特有の妙に重たい扉を開けると、新幹線の座席のような椅子が並んでいる。番号を確認しつつ、窓際の一番前に座る。室内は6割程度埋まっている。
広間では数十人の人がゆったりと思い思いに過ごしていた。
 当たり前のことではあるが、ここにいる全員が大間に向かって移動していると思うと不思議な気持ちになる。甲板に出て、遠去かっていく函館山を眺める。海からの眺めもいいものだ。風は強いが、寒くはない。津軽海峡も吹雪いているばかりでもないらしい。
 ふと見ると、甲板にウミネコがとまっている。飛ぶよりも乗っていたほうが楽であることに気が付いたのだろう。「賢い奴め」と言いながら写真を撮る。
 席に戻り、水あめせんべいを食べてみる。南部せんべいの間に水あめを挟んだもので、当然水あめは粘る。服につかないように割りながら慎重に食べる。味は屋台の水あめを高級にした感じ、とでもいおうか。思った以上に水あめが入っている。おせんべいには割りやすいよう筋がついていて、そこで割ればあまり水あめをこぼさずに食べられる点にメーカーの工夫と配慮を感じた。

 1時間ほどで大間港に到着した。「車の人から先に移動せよ」というアナウンスがあったので、車を持たない人の案内はまた別にあるのだろうと、T先生とパンフレットを見ながら次の行先について相談していたら、部屋に掃除のおばさんが入ってきた。嫌な予感がして部屋を見渡すと、お客さんはだれもいない。掃除のおばさんが私たちを見つけて、「早く降りなさい!」と出口を指さして教えてくれた。大慌てで船を出た私たちの前で、桟橋が上がっていくのが見えた。「降ります!」と叫ぶと、作業をしていたおじさん二人が振り返り、「どこにいた?」と一言。桟橋は急きょ止まり、また戻された。おじさんたちにお礼を言いながらなんとか下船する。この船は1日1往復しかない。危うく函館に戻るところだった。

 大間のフェリー乗り場もなかなかきれいだ。まだ新しい感じがする。等身大のマグロのオブジェに迎えられ、大間に来たことを実感する。出遅れた私たち以外、ほとんど人はいない。バスもないため、タクシー会社の広告を見ていたら、見かねたようにフェリー乗り場の係の人が「どうされました?」と声をかけてくれた。地元のことは地元の人に聞くのが一番、ということで「まぐろを食べるにはどこがいいですか」と尋ねると、「『大間んぞく』だろうなぁ」とのこと。もともと目星をつけていたお店だったので、やはりそこに行こうと決める。なんとタクシーの手配もそのまま係の人がやってくれた。マニュアル対応ではないサービス、これこそが旅の醍醐味だろう。

 少し待つとタクシーが来た。海峡の潮風に長年耐えてきたことを思わせる渋い風貌の初老の運転手さんだ。タクシーは音の静かな電気自動車。近年、地方のタクシーが電気自動車になってきていると感じるが、それはやはりガソリンスタンドの廃業にも関係しているような気がする。災害対策という意味でも、電気自動車は有用だろう。目的地を告げると、あとは一言の会話もないまま、11時過ぎに「大間んぞく」に到着。駐車場では野良猫が可愛らしい鳴き声で出迎えてくれた。ここはかなりの人気店でGWには行列ができるとのことだったが、このときは店の前には誰もおらず、店内に入るとすぐに掘りごたつの席に通された。店内は7分の入り。ほどほどの混み具合だ。

 注文したのは赤身、中トロ、大トロの乗った三色丼。それに、店の前にいかの水槽があったので、いかの刺身も頼む。この活いかの刺身、昨夜の函館の3分の1のお値段だ。少し小ぶりではあるが、お皿が透けるほど透明度が高く、味わいも繊細だ。肝も小さいながらプリッとしている。げその部分はから揚げにしてくれていた。げそのから揚げファンの私としてはうれしい限りだ。
 それに加えて、新もずくも頼む。新潟の岩モズクとも違った、優しいしゃきしゃき感だ。
 そして真打の三色丼。大トロというと白っぽい切り身を想像するが、こちらの大トロは中トロぐらいの赤味がかったピンク色をしている。筋もなく、滑らかな大ぶりの切り身は、舌にのせた瞬間、じわっと脂を感じる。噛みしめればするっと溶けていく。「まぐろってこんなにおいしいんだ」。つくづくそう思った。中トロも赤身もそれぞれ個性があり、どれも美味しい。この時ばかりは2人とも言葉が減り、これ以上ない真剣さで食事に取り組んだ。
 そう、なぜならこれを食べるためにわざわざ飛行機に乗り、バスに乗り、船に乗り、タクシーに乗ってここまでやってきたのだ。まさに旅のハイライトといえよう。

 さて、ここでお土産問題について考える時が来た。私は今回この旅に来るにあたり、生粋のマグロ好きのKさんと、マグロにそこまで興味はないが、そんなに美味しいものなら食べてみたいというもう1人のKさんに大間のマグロを送ることを請けあっていた。これだけおいしいマグロだ。ぜひ両親にも食べてほしい、そう思った。
 ただ、ここに来るまでの道を振り返っても、魚屋さんらしき店は見えなかった。ここは地元の人に聞くのが一番と思い、お会計の際に店のお姉さんに「大間のマグロを東京に送りたいんですが、良いお店はありませんか?」と訊いてみた。すると看板娘とでも呼びたくなるようなきれいなお姉さんは「うちでも送れますよ」とさらっと答えてくれた。部位ごとの値段や、今日の発送なら生のマグロを送れることなどを丁寧に教えてもらい、中トロと赤身を100gずつ、それに、モズクを付けたセットを3か所へ配送することにした。
 大間のマグロと言えば、東京の寿司屋では1貫1000円を超えることもある高級品だが、そこは大間。覚悟していたより安い価格で手に入れることができた。私は役目を果たせた安堵感とともに店を後にした。

 店を出ると、国道を挟んだその先には海が広がっている。海沿いには巨大なマグロのオブジェと、「本州最北端の地」の石碑が建っているのが見えた。さっそくオブジェの横に立ち、T先生と記念撮影。写真の中の2人は海風に吹かれながら、達成感と満腹感に満ちた顔で笑っている。
 思えば、T先生の思い付きから始まったこの旅。数か月前までは、自分が大間に来て、マグロを食べる日が来るなんて考えてもいなかった。それがここに実現している。多くの先人たちの言う通り、人生とは何が起きるか分からないものだ。でも、だからこそ面白い。

 再び国道をわたって「大間んぞく」の並びにある「本州最北端の土産物屋」に入ってみる。すると、お店の人と観光客の会話が聞こえてきた。どうやらマグロの配送を依頼しているようだ。T先生と2人、土産物を眺めつつ、なんとなく立ち止まると、料金を説明する店主の声が聞こえてきた。そのお値段は内緒だが、その後、2人が目を見合わせてニヤッとしたことだけは付記しておく。

 港に戻る途中に「まぐろ祭り」の会場があったことを思い出し、そこまでタクシーで行くことにして、携帯でタクシーを呼ぶ。大々的な「まぐろ祭り」は不漁のため中止にしたようだが、地元のお祭りの方はやっていたのだ。すると、来るときにお世話になった運転手さんが迎えに来てくれた。
 「まぐろ祭り」は港の倉庫の一角で確かに開催されていた。しかし、そこに観光客の姿はなく、どう見ても地元の漁師さんとその家族といった面々が思い思いに楽しんでいるようだった。観光誘致の目玉とするにはまだまだ改良の余地があることは確かだ。
 そこからは20分ほど歩いてフェリー乗り場に戻る。道々、新築の立派なお家を見つけては「まぐろ御殿だ!」と勝手に決めて「さすが大間」とうなることを何度も繰り返した。

 それにしても、町中にお店は数えるほどしか見当たらず、コンビニやファミレス、チェーンのカフェもない。見つけられたのは、焼肉屋さん、スーパー、スナック、介護施設くらいだ。地球の温暖化や日本の人口減少がこの町に今後どのような影響を与えていくのか、考え始めると胸がざわついた。「これからも大間のマグロがちゃんと獲れますように」-そう祈りを込めて、私はフェリー乗り場の土産物屋さんで「まぐろ一筋」とプリントされた手拭いを2本買った。

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