見出し画像

大間への道①

「大間のマグロってすごく美味しいんだよ」

 2018年8月の初旬、旅は、例年を遥かに凌ぐ猛暑真っ只中のある日放たれたT先生の一言から始まった。脈絡の不明さはいつものことだが、それにしても藪から棒だ。

 大間のマグロといえば、築地の初競りのニュースで数千万円という価格で取引されている超高級マグロ、くらいの認識しかなく、どんな味がするのかなんて考えたことすらなかった。

 大間という土地についても、なんとなく青森の端の港町、という知識とも呼べないレベルの関心しかなかった私は、T先生の話にも「オオマノマグロ、ですかぁ…」とまるで慣れない呪文を唱える見習い魔法使いような答えしかできなかった。
それから数日。

「今年はマグロ祭りが不漁で中止だって!」

 T先生からの連絡は常に唐突だ。そもそも「マグロ祭り」なんて初耳だし、それが中止になったと言われてもぴんとこない。それよりも私の意識に引っ掛かったのは、「マグロが不漁」の部分だった。
 マグロが不漁。そうなるとマグロは高騰しかねない。マグロは欧米でも「TUNA」として普及している。ツナ缶なんてそれこそ世界中で流通している。最近では非常時にオイルランプにもなるとかで、防災グッズに名を連ねる始末だ。数年前には築地の初競りで中国企業が最上級のマグロを競り落としていた記憶もある。種類や海域に差はあれど、マグロが世界的に人気の高い魚であることは確かな事実だ。それが不漁となれば、競争が激しくなるのは自明。実際にはクロマグロや本マグロだけが不漁だったとしても、ビン長やキハダが便乗しないとも限らない。冷凍マグロがあるからしばらくは大丈夫だと思うが、その後は庶民の口に入らなくなる可能性もある。
 「それは困る」…そう思った。
 「今なら間に合うかもしれない」、私は大間への行き方を調べ始めた。

 思っていた通り、大間は青森県の端の港町だった。端も端、本州最北端の町だったわけだが、北海道新幹線も開通した今、青森に行くのはそんなに難しくはないのではないか、当初私はそんな考えでgoogle先生に大間への行き方を聞いてみたのだった。すると先生は少し考えてから実に意外な答えを弾き出した。「電車での経路はない」というのだ。さらに調べてわかったことは、東京から効率的に大間に行くためには、陸路ではなく、空路と海路を使う必要がある、ということだった。

 どこかに行くと考えたとき、私はなんとなくその地域の電車の駅を到着点として想像してしまうのだが、大間に行きたい私に示された到着点は「大間フェリーターミナル」だった。つまり交通機関が定期的に通うのは港のみ、ということだ。「大間駅」なんて都合のよい電車の駅は存在しない。電車の駅は恐山の手前にある下北駅が本州最北端だ。
 土地柄を考えれば当たり前の事実だが、その時の私はマグロの尻尾で頭をパシッとはたかれたような気がしたものだ。
 「手強いな、大間」。思えばこの時、私は初めて大間行きを実行する覚悟を決めたのだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?