『五つの橋』によせて

 新幹線で五つの橋を渡る。

 実際は五つどころではないし、旅の男の肩に揺られて渡るわけでもないし、道のりに携える楽器もない。朝十時台の窓際の席に腰掛け、最高時速二百七十五キロメートルで向かうのはもうひとつの仕事場だ。窓の向こうの空は鈍色で、遠くの山は雲か霧か区別のつかない白い布に覆われて見えない。ゆっくりと背後へ流れていく大型スーパーの看板も心なしか霞んでいる。

 通り過ぎるホームに人影はない。これといった見送りも季節の歌もないまま、いつの間にか国境ではなく県境を越えていた。

 手元の白いボタンを押してじわりと座席を倒す。新幹線のテーブルは幅が狭く、キーボードとタブレットを置くともう余裕がない。腕を机に預ける余裕もないので少し書いては疲れた腕を下ろし、書いては腕を下ろしを繰り返す。それでも書くのはやめない。

 いまや私にとって書くことは呼吸と同義だ。小説家になるという夢を人生のかなり早い段階で却下してはいたけれど、書くことはいつも私のそばにあった。楽しいときも、悲しいときも、車両故障で新幹線が遅れているときも。

 見張り塔に見えるのは遠くの高い商業ビル。鉄の馬にたてがみはなく、レールのうえにしゃがみこんで沈黙する。
 カラフルなラインの新幹線が隣をすり抜けていく。人気のいないホームに停まったまま列車は信号が変わるのを待つ。諦めてタブレットの電源を落とし、目を閉じる。まだしばらく先へは進めないだろう。耳元のイヤホンでは美しい声が唄う。夢の旅は続くよ、夢の旅は続くよ。

 ZABADAK『五つの橋』より着想

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此瀬 朔真

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