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真夜中のクマ

 夜中、小腹が減って台所に行くと、クマが冷蔵庫を漁っていた。

「クマ!! なんで!?」

 動揺してつい大きな声を上げてしまい、クマに気づかれた。

「人間だ。美味しそうだなぁ」
「え!? や、やめろ! 不味いぞ!」
「そうかな? 美味しそうだよ。食べちゃダメ?」
「ダメに決まってるだろ!!」
「えー、ケチ。君んちの冷蔵庫、ろくなものが入ってないんだよ」
「えええっ!? 全部食べちゃったの!? 明日食べようと思ってとっておいたプリンも!?」
「プリン、美味しかったなぁ。でもまだお腹が空いてるなぁ」

 クマのギラギラした眼が舐めるようにおれを見つめる。

「おれはダメだって! 死んじゃうだろ!」
「でも、肺とか腎臓は二つあるから、ひとつぐらい食べても大丈夫じゃない?」
「なんでそんな詳しいんだよ!?」
「そりゃ経験が違うよ。ボクが今まで何人の人間を食べて来たと思ってるのさ」

 どうやら目の前にいるのは凶暴な人喰い熊らしい。そのうち腕や足や目玉も二つあるんだからとか言い出すのではないかとヒヤヒヤした。

「二つあってもダメだから! 二つあるものは二つ必要だから二つあるんだよ!」
「人間はケチだなぁ。君たちが山の木を切ったせいで、ボクたちのごはんがなくなってお腹を空かせてるんだけどナ」
「そう言われても……。おれが切ったわけじゃないし」
「人間はみんなそう言うんだよねェ」

 クマは恨めしそうにこちらを見つめる。人類の一員として申し訳なさを感じたものの、その口元からダラダラと滝のように流れ落ちるヨダレの恐怖ですべてを忘れた。

「ていうか、どうしてクマが人間の言葉を喋ってるんだよ」

 気が動転して今まで普通に話してしまっていたけれど、よく考えたらおかしい。おかしすぎる。

「教えたらキミを食べていい?」
「いいわけないだろ。それなら教えなくていいよ」
「なんだ、ちぇっ」

 クマは器用に唇を尖らせた。あんなに器用な唇があるなら、そりゃ人の言葉だって喋れるだろうと納得してしまう。
 というか、これは本当にクマなんだろうか。中に誰か入っているんじゃ……。

 本当にそうならどれだけいいことか。

「じゃあ、ここにはもう食べるものはないの?」
「お前が全部食べちゃったからな。ああ、明日の朝食どうしよう」
「のんきだなぁ。明日があるかもどうかわからないのに」
「あるよ!!」
「それじゃ、コンビニで何か買って来なよ。来る途中にセブンイレブンがあったよ。ついでにボクのゴハンも買って来てくれれば、キミを食べなくて済むかも」
「それ、脅迫?」
「ボクが自分で行ってもいいんだけど、コンビニ強盗と間違えられるかもしれないから」
「クマを強盗とは思わないだろ」
「でもボクお金持ってないし」
「強盗だ!!」
「だからキミが行った方がいいよ。ハチミツも忘れずにネ」
「注文の多いクマだなぁ」

 とは言え、クマの機嫌を損ねて自分が食べられてしまってはかなわない。何しろ相手は森の王。人間なんて大自然の前ではちっぽけな存在だ。
 それに、もしかしたら買い物に行っている間にクマがいなくなっているかもしれないという淡い期待もあった。そもそもこんなところにクマがいるというのが異常なのだ。

 だがしかし、買い物から帰ってもクマはいた。それどころかそれ以来ずっとうちにいて、今年の冬はここで冬眠するつもりらしい。
 そんなことになったらおれはひと冬どこで寝ればいいのか。布団をとられたら風邪を引いてしまう。

 まあそれも、それまでおれが生き延びられたらの話だけれど。冬眠前のクマの食欲が、おれは恐ろしい!!

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