プリンセス・クルセイド 第2部「ザ・ナイト・オブ・ヴァンパイア」 エピローグ 【貴女に巡り逢うために】

 ――『その時』のことを、彼女はよく覚えていない。ただ、地獄の業火に焼かれるような熱さの中で泣き喚いていたことだけは、生まれて初めて見た悪夢のように脳裏に刻まれている。
 だからこそ、『彼』にその記憶の真実を告げられた時、彼女は大きな衝撃を受けた。
 しかし、言い知れぬ絶望に心を抉られる前に、彼女の脳裏にまったく別の感情が芽生えた。
 そもそも、何故そのようなことで絶望せねばならないのか。
 2つの相反する感情が渦巻くなか、彼女は後者を選んだ。彼女はそのような人間であった。『彼』の教えが彼女にそうあるべしとさせていた。 
『生きることを諦めてはいけない』と――

――――

 チャーミング・フィールドから復帰したアンバーの目にまず映ったのは、タンザナが石畳の路上に横たわる姿。そして、彼女の傍らに跪くカーネリアの姿であった。

「……いけない!」

 その光景から、アンバーはタンザナがヴァンパイアであることと、カーネリアがヴァンパイアハンターであることとを瞬時に結び付け、自らにとっての最大の悲劇を阻止すべく、2人のもとに駆け寄ろうとした。
 だが、うら若きヴァンパイアハンターがそれを制した。

「大丈夫だから」

 たったそれだけで、アンバーは知らぬ間に足を止めていた。そればかりか、同じく駆け寄ろうとしていたイキシアとメノウを制する側に回った。両者はともに怪訝な表情を浮かべはしたが、無言のうちにアンバーに従った。
 そうして三者が見守る中、カーネリアは手に握っていたペンダント型の聖剣を高く掲げた。
 すると、聖剣に魔力の輝きが宿り、そこから粒子のような柔らかな光がシャワーのように降り注いだ。光はタンザナの身体に降りていくと、身体の隅々まで染み渡るように広がった。
 そうしてしばらく光が注がれたのち、麗しのヴァンパイアの固く閉ざされていた瞼が、ゆっくりと開いた。彼女は静かに身を起こすと、隣で跪いていたカーネリアへ静かに話しかけた。

「……ここは?」

「そう改まって尋ねられると困るな。一応、アンバーの家の前の道なんだけど」

 カーネリアはあくまで彼女らしく落ち着いた口調でそう答えた。

「私……ああ、そう。またですか……」

 タンザナはカーネリアと、その後方にいるアンバーたちの顔を順々に眺めると、罪悪感と後悔が入り混じったような表情を見せた。

「……またやってしまったのですね。予想していなかったと言えば嘘になりますが、それでも私……止められなくて」

 弱々しく声をもらしながら、タンザナは肩を震わせた。そんな彼女を、カーネリアは優しく抱きしめた。

「大丈夫。大丈夫だよ。貴女のせいじゃない。貴女が望んでやったことじゃない」

 カーネリアは年端もいかぬ少女であったが、その声の響きは聖母のようであった。タンザナはその背中に手を回すと、小さな胸に顔を埋め、静かに涙を流した。

「タンザナさん……?」

 アンバーは抱き合う2人に近付き、遠慮がちに声をかけた。タンザナはしばらく返事もせずに泣いていたが、やがてゆっくりと顔を上げ、アンバーに向き直った。

「……アンバー様、私……本当に申し訳ないことを……なんとお詫びしたらよいのか……」

「……もういいよ、タンザナさん」

 泣き濡れるタンザナに、アンバーは優しく微笑みかけた。

「もう終わったことだから」

 ほんの一瞬、タンザナは表情を和らげたが、すぐにまた伏し目がちに視線を落とした。

「いえ、私には話さねばならないことが……あるのです。それで贖罪になるとは思っていませんが、どうかお聞きください……」

 そう言ってタンザナは静かに語り始めた。

「私の正体はヴァンパイア。人の血を求めて暴れまわる無慈悲な怪物です。普段は人間の姿で社会に溶け込み、隣人を欺き、満月の夜になると膨大な魔力とともに本性を現す。そうした生き方を、私は悠久の彼方より続けて参りました……」

「……ヴァンパイアの寿命は人間のそれを遥かに上回るという伝説がある。だが、まさかそれが本当だったとは……」

 アンバーの隣で話を聞いていたメノウが、誰に聞かせるともなく呟いた。

「ヴァンパイアは血を吸って仲間を増やすという噂も聞いたことがありますわ。それも真実なのですか?」

 イキシアの質問に、タンザナは静かに頷いた。

「ええ。私は仲間を増やそうとしたことはありませんが、私自身がそうしてヴァンパイアとなった人間なのです」

「じゃあ、タンザナさんはずっと昔にヴァンパイアに襲われたってこと?」

「詳しくは……覚えていませんが、私はそう確信しています。かつては非常にか弱い存在であったと……ですが、なんと言いましょうか……襲われてこのような存在になったとは認識しておりません」

「要領を得ませんわね」

 釈然としないタンザナの口ぶりに、イキシアが不満そうな声を漏らした。

「すみません、本当に覚えていないのです。ですが、本当に悪いことをしたと思っています。申し訳ございませんでした」

 タンザナはそう言って、深々と頭を下げた。

「……まあ、その日々も今日で終わりだけどね」

 カーネリアが出し抜けに呟くと、タンザナは顔を俯かせたまま答えた。

「ええ、そうですね。私はこの街を出ますから……もう二度と、誰にも迷惑はかけません。今後は遥かな山の中で、ひっそりと暮らしていきます」

「いや、そうじゃなくてさ……貴女はもう暴れ回るなんてことはないよってこと」

「えっ……?」

 思いがけない言葉に驚いたタンザナが顔を上げた。カーネリアはそれを見て、淡々と話を続けた。

「私の魔術で、貴女のヴァンパイアとしての力を抑えたから。だからもう、今夜は暴れることはないし、次の満月も、その次も大丈夫。私がいればね」

「どういうことだ?」

 タンザナが尋ねるよりも先に、メノウが驚愕の声を上げた。カーネリアは尚も淡々とした口調で答える。

「私はヴァンパイアハンターだから、ヴァンパイアのことは何でも知ってる。今回はギリギリで間に合わなかったから、ここまで手間がかかっちゃったけど……」

 カーネリアはタンザナの頬を流れる涙を手で拭い、無邪気に笑いかけた。

「今度は絶対に大丈夫。だから、もう心配しなくていいんだよ。貴女はこれからずっと、他の人と同じように暮らしていける」

「ですが……ですが……」

 タンザナはまだ信じられないといった表情で、激しく動揺していた。しかし、涙に濡れていたその顔には、少しずつ精気が戻り、希望が芽生え始めていた。

「ですが……貴女はどうするのです? 私と……ヴァンパイアと一緒に過ごす一生でいいのですか?」

「いいんだよ。それがヴァンパイアハンターだから。それにきっと……」

 カーネリアはそう言って、タンザナの手を優しく握り締めた。

「きっと……私は貴女に巡り逢うために生まれてきたんだから。だからあなたも、生きることを諦めないで」

「私……私……ううっ」

 タンザナはその場に泣き崩れた。それと同時に、彼女の腹の音が高らかになった。

「まったく……貴女という人は」

「やはり不可解極まりないな」

「……タンザナさん、ご飯にしましょう。何が食べたいですか?」

 イキシアとメノウの呆れる声をききながら、思わず込み上げてきた笑いを隠さずもせず、アンバーは優しくタンザナに話しかけた。
 ややあってタンザナが、静かに、しかしはっきりと答えた。

「……アンバー様のカレーが食べたいです」

――――

「お前の両親を殺し、村を燃やした奴はヴァンパイアだ。そいつは俺が殺した。だからまあ、お前は特に恨みとかを抱いて生きなくてもいいってわけだ」

「その割には、随分としんみりした感じで話すんだね。一人ぼっちになったのは私なのに」

「……捉え方が違う。自我も危うい赤ん坊が故郷を失ったのと、大人が自分の使命を果たせなかったのでは……」

「ふうん、まあいいけど。ところでさ」

 カーネリアはそれまで何度も注意された口調のまま、『彼』に問うた。

「師匠はそいつのこと、ヴァンパイアだから殺したの?」

「いや、悪い奴だから殺したんだ。あいつは生きることを諦め、他者を傷つけるためだけに存在していた」

「じゃあ、それほど悪くないヴァンパイアに会ったらどうすればいいの?」

「まったく、お前はいつもそうやって分からないことばかり言うな……」

 師匠はそこで言葉を一旦言葉を切り、遠い目をした。

「まあその時は、抱きしめて優しい言葉の一つもかけてやれ。そのためにどうすればいいかは、もう教えてあるはずだろう?」

「そうだね。それじゃ、行ってきます」

 カーネリアはそう言って頭を下げると、踵を返して下山を始めた。それほど悪くないヴァンパイアに出会った時、どのような言葉をかけようかと考えながら。
 それが彼女の始まりだった。

プリンセス・クルセイド 第2部「ザ・ナイト・オブ・ヴァンパイア」完

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週一で更新されるファンタジー小説『プリンセス・クルセイド』と、ほぼ毎日一文ずつ更新される恋愛小説『一日一文』の2つの小説が連載されているアカウントです。さらに新連載も始めました。作者への連絡は oreryu3271show@yahoo.co.jp まで。

プリンセス・クルセイド

王子の結婚相手を決めるため、少女たちは剣を取る。剣と魔術で闘うファンタジーです。
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