プリンセス・クルセイド #7 【ココロの試練】 2

 星の海が広がる月夜の下、風に靡く草原を切り裂くようにして、2つの斬撃波が飛び交った。ほどなくして、2人の女性が一瞬で間合いを詰めて斬り結ぶ。

「何故ジェダイトに与する!」

 切り結んだ刃を押し込みながら、メノウが叫んだ。

「何故って、私のボスだからね。あの人は私に夢を見せてくれる!」

 負けじとアレクサンドラが聖剣を押し返した。力が拮抗し、2人の体が接近する。

「夢? 一体何のことだ!」

「あなたにも覚えがあるんじゃない? そもそも、その姿だって……」

 アレクサンドラが口元を僅かに緩ませた。

「あの人にもらったものでしょう?」

「何っ!?」

 メノウの顔に動揺が走った。同時に、アレクサンドラはサイドステップを踏んで脇に退いた。力の拮抗が破れ、メノウの剣が押し勝ったが、斬撃は空を斬る。

「もらったわ!」

 アレクサンドラが押し切られた反動を利用して飛び上がり、勢い余ったメノウ目掛けて体ごと剣を振り下ろす。

「ちっ……!」

 メノウは振り下ろされた剣をそのまま地面に突き刺した。そしてそれを支点にして水平方向に空中で旋回し、アレクサンドラの斬撃を躱した。

「はあっ!」

 そしてそのままの勢いで、攻撃を外して着地したばかりのアレクサンドラを蹴りつける。

「な……があっ!」

 アレクサンドラは蹴りを受けて無様に転がった。メノウは着地後に剣を引き抜き、油断なく構える。

「惜しかったな……発想としては悪くなかったぞ」

「それはどうも」

 アレクサンドラもすぐさま立ち上がり、剣を構え直した。期せずして再び間合いを取った両者の間を、風が吹き抜ける。

「……あなたも随分と突飛な発想をするのね。完全に隙を突かれたわ」

「そういうことが得意な知り合いがいるんだ。いつも意地の悪い人だった」

「あら……まあ!」

 会話の途中で、アレクサンドラが吹き出した。

「ジェダイトが聞いたら怒るわよ、それ」

「構わない……怒っているのは私のほうだからな!」

 メノウは吐き捨てるように答えると、腰から鞘を抜いた。そしておもむろに剣の半分までをその中に収める。

「あら? 終わりにするの?」

「ああ、そうだ」

 訝るアレクサンドラに、メノウは挑戦的に微笑んだ。

「終わりにしよう。私の勝ちでな」

 メノウは剣を謹聴させた。キン、という高い音と共に、突風が吹きすさぶ。アレクサンドラは反射的に目を閉じた。

「……なに?」

 再び目を開けた時、メノウの姿は消えていた。月夜の草原に独り取り残されたのだろうか。アレクサンドラがそう感じた直後、周囲の草が散った。

「これは……っ!」

 直後の斬撃が、アレクサンドラの腕を浅く傷つけた。痛みが走った後、その部分が黒ずむ。アレクサンドラは構わず剣を構え、二撃目を柄で受け止めた。

「落下を狙った……? いえ、違うわ……」

 アレクサンドラはバックステップでその場を離れた後、前方に斬撃波を放った。草が舞うのを再び視認するやいなや、深く屈みこんで剣を振り上げる。微かに手ごたえを感じた。

「くっ……!」

「はあっ!」

 そしてメノウの声が聞こえた瞬間、アレクサンドラは足払いを放った。今度も何かに当たった感触を覚えると、草原の上に倒れるメノウの姿が現れた。

「さあ、トドメよ!」

 アレクサンドラは勝ち誇って剣を振り下ろした。

「どうかな!」

 しかし、剣はメノウの鞘に弾かれた。同時に、アレクサンドラの腹部に激痛が走る。

「なっ……いつの間に!」

 アレクサンドラは追撃を諦め、よろめきながらも間合いを取った。黒ずむ腹を支えながらも、戦闘態勢を取る。

「聖剣の能力を……破ったと思ったんだけど?」

「私には剣術があるからな。その上で魔力を活かすんだ」

 メノウが立ち上がり、剣を構え直した。

「私の見立てでは……あなたの聖剣の能力は高速移動。でも、まだまだ慣れてないようね」

「ああ。やはりまだ上手く使いこなせないようだ。まだ決着はつけられないようだが……」

 メノウは剣でアレクサンドラの腹を示した。

「このような実力差なら、時間の問題だな」

「あなたのその剣術と魔力。なるほど、私には到底勝ち目はなさそうね」

 言葉とは裏腹に、アレクサンドラは謎めいて微笑んでいた。メノウは未知なる攻撃を警戒し、身構えた。

「でもその精神……ココロはどうかしら?」

 アレクサンドラはそう言うと、片手に持った剣を静かに発光させた。その光がメノウの瞳を突き刺し、彼女の視界を完全に奪った。

「くそっ……させるか!」

 アレクサンドラの接近を阻むべく、メノウは再度剣を謹聴させた。そして大地を蹴り、高速でステップを踏んだ。一瞬たりとも足を止めず、闇雲にアレクサンドラとの間合いを取る。やがて視界が回復した。

「……これは?」

 メノウの目の前には衝撃の光景が広がっていた。彼女が立っているのは、もはや星の海が広がる月夜の草原ではなかった。

 そこは彼女の――彼の生家である王都エアリッタの城だった。

3へ続く

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