ハードボイルド探偵バネントの日記 vol.2

 火曜日 晴れ

 仕事をする奴には2種類ある。朝から晩まで一日中働く奴と、必要な時に必要なだけ働く奴だ。この俺、バネントは後者だ。

 この日記は仕事明けに書いている。だからまあ、今日の仕事に関することを書いておこうと思う。前回の日記もほぼ仕事明けのような時に書いていた。当然の流れと言えるだろう。

 きっかけは大家のバアさんだった。彼女が言うには「返済した傍から家賃を溜め込むな、このバカ!」だそうだ。まったく、失礼な大家だ。バカはともかく、家賃を溜め込むとは何たる言い草だ。たった二か月払うのを忘れていただけじゃないか。

 ともかく、俺は急に金が要るようになった。愛飲している水もついに底をついたので、仕事がなければ飢え死にしてしまうだろう。腹の虫の音を聞くのも、視界がやけにぐるぐると回るのにも慣れたもんだが、流石にまだお迎えには早すぎる。俺だって、もう一回ぐらい天丼とか食べたい。天丼。良い響きだ。ぷりぷりのエビも美味いが、脇を締める野菜も悪くない。俺はしそが好きだと言ったら、女に笑われたことがある。彼女は今、何をしているのだろうか。

 何の話だったか。仕事の話だ。とにかく食い詰めた俺に、目の前に降って湧いた依頼を断る理由は無かった。依頼人はあからさまな金持ちで、それこそ山のように盛られた天丼を、日ごと夜ごとに食っていそうな男だった。

 そんな奴が、俺の事務所なんかに何の用があったのだろうか。今思えば、そこは疑問に感じるべきだったかもしれない。しかし、その男の依頼のあまりの珍妙さに負けて、そうした疑問は露ほども感じなかった。そいつは「テレビのリモコンが見つからないから探してくれ」と言ってきた。驚きはしたが、俺は依頼を受けることにした。ちなみに、手渡された封筒に入っていた金には関係無い。

 俺は勇んでそいつの住まい(あからさまな豪邸だった)に向かい、仕事に取りかかった。人に依頼されたのは初めてだが、リモコンを探すのは得意だ。ものの五分で見つかったと思う。豪華なソファの下に隠れていた。それにしても、リモコンが見つからなくなってから慌てているのが既にダメだ。リモコンという物は、失くすためにあると言っても過言ではない。あの小さな電子機器は、とにかくそこら中に身を隠す。だから常日頃から、リモコンが潜り込んでしまいそうな隙間をあらかじめ把握しておくべきだ。そうすれば、仮に見失ったとしてもすぐに探し出せる。中には、いつも決まった場所に保管しておけばいいとかいう奴もいるが、そいつらは何も分かっちゃいない。

 何の話だったか。そう、リモコンだ。確かに俺はリモコンを五分で見つけ出し、正式に報酬を受け取った。と、思う。しかし、俺がこの日記を書いている今、外は完全に日が暮れている。依頼を受ける直前、俺は昼飯にピザを食っている自分を想像しながら唇の皮を咀嚼していた。まだ日は高かったように思う。さっきも書いたが、リモコンは五分で見つかった。依頼人の豪邸まで、車で三十分もかかっていないと思う。何かがおかしい。封筒に入っていたお金は、家賃を払えるほどではなかったが、大家のバアさんはさっき俺に笑顔で「やればできるじゃないか、バカ」と話しかけてきた。バカはいいが、やればできるとは何事だろう。俺は常にできる男だ。

 何の話だったか。まあいい。とにかく俺はまた金を手にして、水を大量に買い込むことができた。さっき飲んだ時、ほのかにしその味がした。しそ味の水が紛れていたか、知らない間に俺が食ったしそがまだ口に残留していたかだ。多分前者だろう。また服に緑色の液体が付いていた。洗濯の手間がかかるので、今後は汚れが付かないように気をつけねば。

(今日のプリンセス・クルセイドはお休みです。更新は明日になります)

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