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プリンセス・クルセイド #7 【ココロの試練】 4

 絶え間なく降り注ぐ雪が降り積もった大地を蹴り、アンバーは高く跳躍した。

「ハァーッ!」

 そのままの勢いで、建物の上からこちらを見下ろすジェダイトへと襲い掛かる。

「おっと!」

 ジェダイトはバックステップで攻撃を躱すと、即座に反撃のレイピアを振るった。

「くらいなっ!」

「せいっ!」

 飛び出した斬撃波が、別の斬撃波とぶつかって相殺される。アンバーが着地際に放っていたものだ。

「なかなかやるじゃないか! いいよ、前より断然いい!」

「冗談じゃない!」

 挑発するジェダイトに向かい、アンバーは一気に間合いを詰めた。降りしきる雪が、冷たく肌に触れるのも構わず、上段から縦薙ぎの斬撃を振り下ろす。

「はあっ!」

「はっ、惜しいな!」

 ジェダイトは斬撃を余裕の表情で受け止めた。アンバーはそのまま体重をかけ、強引に剣をへし折ろうとする。

「必死かい、おチビちゃん?」

「当たり前でしょう!」

 煽るようなジェダイトの声を聞き、アンバーはさらに剣に力を込めた。踏み込む足に体重が乗り、身体が強張っていく。これが致命的だった。

「……そうか。なら、こっちも本気でいくか」

 ジェダイトはそう呟きながら一瞬身を屈めると、アンバーの腹部に痛烈なサイドキックを放った。

「ぐうっ!」

 カウンターのような一撃を食らい、アンバーは呻いた。その隙を逃すジェダイトではない。

「ほらほら、まだ終わらないよ!」

 怯んだアンバーに、連続して刺突攻撃が繰り出される。アンバーは左右に身体を動かして攻撃を躱すが、徐々に後方へと追いやられていき、ついに建物の縁まで後退してしまった。このままでは、建物から足を滑らせて落ちてしまう。

「はあっ!」

 アンバーは闇雲に剣を横薙ぎに振った。苦し紛れの一撃だった。当然、攻撃は躱され、そればかりかまた大きな隙が生まれてしまった。

「サービスだ! こいつを持ってきな!」

 ジェダイトはそれを見て一旦間合いを取ると、刃を光らせてレイピアを鋭く突き刺した。すると、刃の先から無数の氷塊が飛び出した。

「ああーーっ!」

 その全てを五体に受け止め、アンバーの身体は衝撃で吹き飛ばされた。建物の上から一気に放り出され、雪の上へと頭から落ちる。チャーミング・フィールドの特性で、攻撃を食らった痛みはすぐに収まったが、雪に包まれた身体に凍える感触に支配される。

「無駄に終わっちまったね。もう一回やってみるかい?」

 ジェダイトの声が、雪に埋もれた頭の上から響く。アンバーは即座に身体を起こし、剣を構えた。今度はすぐには飛びかからず、様子を窺う。

「……いい判断だ。これでアタシの聖剣の能力も分かっただろうしね」

 答える代わりに、アンバーは降りしきる雪を横目で見た。その様子を見て、ジェダイトの顔に笑みが広がる。

「そうだ。こうやって雪を降らせたり、さっきみたいに氷を飛ばしたりできる……らしいぞ」

 ジェダイトの言葉は不明確だった。彼女自身、聖剣の能力に絶対の確信を持っているわけではない。聖剣の能力は、使用者の脳裏に突然ビジョンとして現れる。アンバーは知らなかったが、ジェダイトもその事実の例外ではないのだ。

「見たところ、エレメントの力ってわけでもなさそうだ。不思議なもんだね、この聖剣ってヤツは」

「そうね……」

 アンバーは曖昧な相槌を打ちながら、無言で剣を頭の上に振りかぶった。氷塊を受けた部位には神経が回らず、身体が上手く動かない。その上、相手は聖剣の能力を使ってくる。ならば、こちらも能力を使いたいところだ。しかし、アンバーにはその使い方が分からない。ならば、取り得る手段は唯一つ。

(……斬撃波で決めるしかない)

 アンバーは剣を頭からゆっくりと振り下ろし、息を細く、長く吐いた。足は膝まで深く雪に埋もれ、素早い動きは取れそうもない。次の一撃で、間違いなく終わりだろう。剣にバイタルの光が宿る。

「……来な」

 ジェダイトの手招きに応え、アンバーは剣を振った。

「ハイヤー!」

 剣の先から特大の斬撃波が飛び出した。そのあまりの威力に、反動でアンバーの体が仰け反った。斬撃波は降りしきる雪を散らしながら、一瞬のうちにジェダイトの元へと下から襲い掛かる。

「させるか!」

 ジェダイトは射線から一歩も動かなかった。そればかりか、レイピアの刃を斬撃波に向かって突き刺した。刃の先が斬撃波に触れる。そしてジェダイトの身体ごと波動に呑まれ、粉々に砕け散る——はずだった。

「なっ……」

 アンバーは驚愕に目を見開いた。急勾配の川を逆流するようかのように飛んだ斬撃波だったが、ジェダイトに触れた瞬間、その先が凍りついて流れが止まってしまった。それどころか、氷が斬撃波を呑み込むようにして向かってくる。

「……バイタルってのは、要は魔術の案内役さ。道筋をつけるわけだ。だからさ、こうやって逆に魔術を呼びこんじまうことも——って、もう終わったかか」

 アンバーの目に、ジェダイトが剣を下ろして妖艶な笑みを浮かべるのが見えた。斬撃波に導かれてできた氷の坂に飛び乗ると、こちらに向かって滑り降り、目と鼻の先に降り立つ。

「……また上手いこといったもんだね。このまま置いといてもいいけど……」

 ジェダイトが聖剣を構えても、アンバーにはどうすることもできなかった。目の前の光景はすべて透明の壁越しに見え、身体は動かない。斬撃波を伝ってきた氷の中に閉じ込められてしまったのだ。

「このままここで年を取るわけにはいかないしね」

 ジェダイトは独り言を呟きながら、容赦なく聖剣を突き出した。レイピアの刃が、氷ごとアンバーの身体をバラバラに砕く。

「これで聖剣も木端微塵に……ん?」

 その時、上空に何らかの異変を感じ、ジェダイトは数歩後ろに下がった。すると、雪に紛れて白い柄の聖剣が落下し、彼女の目の前に突き刺さった。

「……斬撃波の反動ですっ飛んでたのか? なるほど……」

 ジェダイトは一旦聖剣を構え直したが、急速に広がる光に包まれるのをみると、考え直して剣を下ろした。フィールドの収束が始まったのだ。

「ラッキーガールってわけか」

 ジェダイトは苦笑し、聖剣を鞘に収めた。チャーミング・フィールドは完全に光に包まれ、闘いが終結した。

#7 【ココロの試練】 完

次回 #8 【決着の刻】

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