プリンセス・クルセイド 第2部「ザ・ナイト・オブ・ヴァンパイア」 #4 【月夜に嘲う】 3

 その夜、ガーネットは見張りの任についていた。月明かりに照らされつつ、夜風を体に受けながら城壁の外へと目を光らせ、外部からの侵入者、あるいは凶暴な魔物を見張るわけだが、実際はそのような類のものが現れることは滅多にない。今の彼女の敵は、主に自分の内側から襲ってくる眠気ぐらいだろう。

(……退屈だな)

 手持無沙汰になったガーネットは、腰に差した2本の剣をうちの1本を鞘から抜いた。この聖剣は彼女の家の家宝だが、中程から無様にへし折られている。これはプリンセス・クルセイドにおいてマクスヤーデンのイキシア王女にやられたものだ。この状態でも魔術の行使には問題ないが、接近戦が行えないので予備の剣も携帯しなければならない。はっきり言って、二度手間だ。

「まったく……未練がましい」

 ガーネットは自嘲気味に呟き、剣を鞘に納め直した。聖剣を折られたということは、プリンセス・クルセイドからの敗退を意味する。伝説の聖戦を制し、王子と結婚するという望みは潰えたわけだ。明日からも、昨日までと同じ日常が過ぎていく。また夜風がガーネット目掛けて吹きすさんだ。一段と強い寒気が体を襲う。

「……何だ?」

 だがそれは、彼女の感傷からくる震えではなく、予感じみた悪寒であった。反射的に背後を振り返ると、そこには薄紫色の髪をした見目麗しい女性が立っていた。

「あ、あなたは確か……タンザナさん? どうしてここに?」

「実は少し……探し物をしていまして」

「探し物? 一体何を?」

「とっても……大切な物です」

 タンザナはそう言うと、おもむろに月を見上げた。ガーネットもそれを目で追う。満月を明晩に控える月が、煌々と輝いている。ガーネットはしばらくその光に気を取られていたが、我に返ってタンザナに向き直った。

「……タンザナさん、お気持ちは分かりますが、今日はもう遅いのでお帰り下さい。探し物は私が探しておきますから」

「お優しいのですね。さすがは騎士様。では、探し物の特徴をお伝えしておきますね」

 タンザナはそう言うと、静かに月を指差した。

「あの綺麗な月を、私のもとに取り戻していただけませんか?」

「月を取り戻す? 一体何を言ってるんですか?」

 突然の胡乱な発言に、ガーネットは思わず身構えた。以前からこの手の言動には事欠かないタンザナであったが、今回は明らかに毛色が違う。

「あれ、私のものなんですよ。とある方に貰ったはずなのですが……なんだか今は私だけのものじゃないみたいで」

 ガーネットの反応を意にも介さずに淡々と話す彼女の眼は、黄金に輝いていた。まっすぐこちらを見据えてくる視線は、冗談や出まかせでこのような言っているわけではないことを雄弁に語っている。

「それってズルいと思いませんか? 他の方は、誰にも貰っていないのですよ?」

「……あれは誰かの物になったりはしませんよ。あの、もうお休みになっては如何ですか? 貴女は何か……お体が優れないようですので」

「あら、私の体の心配までしてくれるのですね。貴女は本当に優しいお方。ですが、私はむしろ眠いと言うよりお腹が空いているのです」

「お腹が……?」

「失礼いたしますね」

「……!?」

 突如発せられた敵意に反応して剣を抜き放った時には、もう遅かった。聖剣から放たれる火の粉をものともせずに、タンザナの牙がガーネットの喉元に鋭く突き刺さった。

「あ……あ……」

「ふふふ……なんと甘美な味わいでしょう」

 僅かに焦げ付いた前髪から鼻をつく臭いを発しながら、タンザナは満足気に呟いた。そうしている間にも、ガーネットの首元には突き刺すような痛みが走り、全身の血の気が引いていくのを感じる。その感覚から導き出される答えが、ガーネットに原初的な恐怖を呼び起こさせた。

「タンザナさん……あ、貴女が……ヴァンパイア……」

「ご名答」

 妖しく答えるタンザナの声が響く中、ガーネットの視界は回転し、次第にぼやけていく。

「ふふふ……今日はここまで。明日はもっとお腹いっぱい食べましょうか……」

 不穏な呟きを耳にしたのを最後に、ガーネットの意識は底知れぬ暗黒の中へと沈んでいった。恐怖に満ちた一日が、その瞬間幕を開けた。

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プリンセス・クルセイド

王子の結婚相手を決めるため、少女たちは剣を取る。剣と魔術で闘うファンタジーです。
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