プリンセス・クルセイド 第2部「ザ・ナイト・オブ・ヴァンパイア」 #4 【月夜に嘲う】 6

  食卓に並べられた料理の数々が、次々とタンザナの口に吸い込まれていく。その光景は、食事というよりも純粋な摂食に近かった。野生の肉食動物は、獲物を捕獲した時に胃袋に入る限界まで肉を詰め込む。そうすることで、次の獲物を捉えるまでの日々を耐え忍ぶのだ。アンバーはさほど勉強熱心な生徒というわけではなかったが、今のタンザナの姿は彼女にその知識を呼び起こさせるのに十分な程、豪快かつ野性的であった。

「……美味しいですか、タンザナさん?」

 それでもアンバーは、そうした感想を押し隠し、笑顔でタンザナに話しかけた。

「美味しいわよ、アンバー。本当に。私、さっき起きたばかりで、正直まだ眠いのだけど……」

 返答の間も、タンザナは精力的に肉を切り分ける。その断面から、赤い肉汁が滴り落ちる。

「でも、貴女の料理が食べたい一心でここに来たの。ほら、食べたい時が食事時って言うでしょ?」

「そうですね」

 アンバーはもう一度微笑んだ。それは祈りに近い笑みであった。すっかり別人のように変わり果てたタンザナに、以前と同じ胡乱さが残っている。それだけで、アンバーの心に微かな希望が芽生えた。

「タンザナさん、もしよかったら、これからもここにいていいんですよ。そうしたら毎日これと同じ……というわけにはいきませんが、私の料理を食べさせてあげますから」

 アンバーは願いをこめてそう提案した。ほとんど絶望的な賭けだった。

「ああ、ごめんなさい。それは無理なの」

 案の定、タンザナはすげなく提案を却下した。小さく切り分けた肉を一片口に放り込み、あっという間に呑みこんでから、さらに言葉を続ける。

「私にも事情があるのね。貴女の料理は大好きだけれども、それよりももっと大切なことをしなければならないの」

「大切なこと?」

「……今に分かるわ」

 タンザナはそれだけ言い残すと、強引に会話を打ち切り、食事を再開した。アンバーはそれに従い、給仕に戻った。その前にメノウが割り込んでくる。

「アンバー、やはり……」

「……」

「……分かった。君の気が済むようにするといい」

 アンバーが無言のまま目で制すると、メノウは素直に引き下がった。今は誰にも邪魔をされたくない。そんな彼女の気持ちを察してか、イキシアとカーネリアは、無言のままタンザナの食事風景を眺めている。アンバーは彼女らの目の前にも同様に料理を並べていたが、こちらは既に食べ終えられていた。

「ウフフ、やはり美味ね」

 時折子供じみた純粋な感想を漏らしながら、タンザナは食べて食べて食べまくった。やがて時が流れ、彼女のために用意した大量の食材をたいらげた後、タンザナは優雅に席を立った。

「ありがとう、アンバー。本当に素敵な料理だったわ。いい腹ごしらえになった」

「腹ごしらえ……?」

 アンバーが訝しげに顔をしかめた直後、タンザナは自らの聖剣を鞘走らせた。同時に、イキシア、メノウ、カーネリアも戦闘態勢に入る。

「ふふっ、やはり……そうくるのね」

「もう遊びは終わりだよ。あなたは私が仕留めるから」

 カーネリアが冷たく言い放つと、タンザナは不快気に眉をひそめた。

「貴女、やっぱり気に入らないわ。そのような小さい体でヴァンパイアハンターを名乗るなどと」

「黙れ。貴様の狙いは分かっているぞ」

 メノウが会話に割り込み、怒りと共にタンザナに凄んだ。

「このまま街に向かい、手当たり次第に市民の血を吸うつもりだろう。そうはさせない」

「あらあら、話が早い方もいるのね。邪魔されるのは面白くないけれども」

「……いい加減しゃらくさいですわ」

 今度はイキシアが口を挟む。

「ごちゃごちゃ話してないで、とっとと決着をつけてしまいましょう。どのみち、貴女もそのつもりですわよね?」

「本当に血の気の多いこと……ああ、それはむしろ好都合ですね。では、始めましょうか!」

 タンザナはそう言うと、両腕を大きく広げた。次の瞬間、彼女の体が発光し、凄まじい魔力が爆発するように部屋中へと広がっていった。アンバーは足を踏ん張り、その衝撃に備えたが、やがて視界が光に呑まれ、目の前が真っ白になっていった。

第2部 #4 【月夜に嘲う】 完

次回 第2部 #5 【恐怖の化身】

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