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プリンセス・クルセイド 第2部「ザ・ナイト・オブ・ヴァンパイア」 #3 【目覚める脅威】 3

 うららかな日差しの下、タンザナは鍛冶屋の軒先に出て大きく伸びをした。

「ふう~、やはり朝の太陽は心地よさが違いますね」

 感慨深げな声を漏らしながら、タンザナは空を見上げる。

「それにしても、今朝の太陽は随分と高いところから昇ったのですね。まるでもうお昼かのようです」

「――実際に昼ですわよ!」

 胡乱な発言を聞き咎め、付近の隣の仕立て屋の陰からイキシアが叫んだ。

「何が朝の太陽ですか! そんなものはもうとっくの昔に――」

「イキシア王女、お静かに」

 カーネリアがイキシアの袖を引き、飛び出しかかっていた彼女の体を屈めさせる。

「見つかったら、計画が台無し」

「……そうでしたわね。すみません、つい黙ってられなくて」

 イキシアはカーネリアの忠告に素直に従い、建物の壁に密着するように体を寄せた。幸い、タンザナは彼女の叫びに気付かなかったようで、その場でもう一度伸びをしてから軽い体操を始めた。

「……あのさ、イキシア。本当にこのままここでタンザナさんを見てるつもり?」

 カーネリアの後ろから、半ば呆れたアンバーがイキシアに声をかけた。

「ええ。彼女の正体について、何らかの答えが出るまでは。何かご不満でも?」

 タンザナから視線を逸らさぬまま、イキシアが問い返す。

「いや、不満って言うかさ。わざわざ隠れる必要ってあるのかな?」

 アンバーは手持無沙汰に頬に掻きながら、自らもタンザナに視線を向けつつそう答えた。彼女はイキシアやカーネリアとは違い、路地の真ん中に突っ立ったままだ。

「姿を見られると、色々誤魔化されるかもしれないでしょ」

「そうですわ。そうなれば秘密も何もかも隠されてしまいます」

「……分かったよ」

 アンバーはそれ以上議論を重ねるのが面倒になり、カーネリアやイキシアの反対側に壁に身を寄せ、タンザナの観察に加わった。タンザナは体操を終え、穏やかに腹をさすっていた。

「しかし、先程食べたアンバー様が作っていただいた朝食は絶品でしたね。あの方は本当に料理がお上手です」

「あっ、ちゃんとご飯食べてくれたんだ」

 タンザナの呟きを聞いて、アンバーは思わず笑みをこぼした。屋敷探索に出かけた際にはまだ眠っていた彼女に、アンバーは大量の朝食を作り置いていたのだ。

「……では、そろそろお昼にいたしましょう。アンバー様は好きな時に食べてよいとおっしゃっていましたし」

「いや、まだ食べるんかい!」

 タンザナの呟きに、アンバーは声を荒げた。

「しかもお昼って……今朝は太陽が高いところから昇ったとかなんとか言ってたんじゃなかったの!?」

「アンバー、うるさい」

「……ごめん、つい黙ってられなくて」

 カーネリアに諌められ、アンバーは口を噤んだ。そしてタンザナがこちらに向かって歩き始めたのを見て、素早くイキシアやカーネリアの隠れる列の後ろに加わった。タンザナは彼女たちの潜む路地の脇を素通りし、そのまま街の奥へと歩いていった。

「こっちに来たってことは……シンシアのお店に行くんだね。もしかして、このままついてくつもり?」

「当然ですわ……ん? あら、あの方は?」

 タンザナの進行方向を見つめながら、イキシアが意外そうに呟いた。アンバーがそちらを見やると、石畳の道を赤毛の女性が歩いてくるのが見えた。

「あれはメノウさん? どうしてここに……」

「何かこちらに用があるのでしょうか……?」

 訝るアンバーとイキシアの視線の先で、メノウはタンザナに声をかけた。

「タンザナさん。一人でお出かけですか?」

「ああ、これはメノウさん。そうなんです。アンバー様達は何か特別な御用があるようで」

「そうですか。じゃあ、鍛冶屋に行っても会えないんですね。参ったな、せっかくここまで来たのに無駄足か……」

 メノウはそう言うと、残念そうに肩を竦めてみせた。

「ふふ、メノウさんは本当にアンバー様を気にかけていらっしゃるのですね。あの方も喜んでおられると思います」

「タンザナさんこそ、随分とアンバーを慕っているようですね」

「ええ、あの方は私の命の恩人ですから」

 二人の屈託の無い会話を聞きながら、アンバーは体がむず痒くなるのを感じた。これで結果的に、自分の存在を知られるわけにはいかなくなった格好だ。アンバーは息を潜め、物陰に身を屈めた。そんな彼女の緊張をよそに、タンザナは話を続ける。

「ところでメノウさん、一つお願いを聞いていただいてもよろしいですか?」

「お願い? 何ですか?」

「ご心配なく……至極単純なことですから」

 言葉とは裏腹に、タンザナの声のトーンはそれまでと明らかに変わっていた。そして彼女はおもむろに手をかざすと、虚空から光を発生させた。光は徐々に形が変化していき、聖剣の姿になった。タンザナはそれを手に取ると、鞘から勢いよく剣を抜き放ち、体の前に身構えた。

「今ここで、私とプリンセス・クルセイドを闘っていただけませんか?」

「な、何だって……?」

 メノウが口にした言葉は、アンバーの心境とまったく同じだった。だが、予期せぬ行動への動揺からの復帰は、メノウのほうが先んじていた。彼女は一つ息を吐くと、鋭い目つきへと代わり、自らの腰から聖剣を鞘走らせた。

「……プリンセス・クルセイドは、挑まれたら必ず受けねばならない。それが掟だからな」

「そうなのですか? それは存じ上げませんでしたが、どちらにせよ好都合です」

 タンザナはそう言うと、大上段に剣を振りかぶり、攻撃の態勢に入った。

「では、闘いといきましょう! お互い負けたくなかったら、勝つしかありませんよ!」

「それは承知の上だ!」

 タンザナが斬りかかるのにメノウが応戦し、お互いの刃と刃が正面からぶつかった。打ち合った部分から眩いばかりの光が生まれると、瞬く間にタンザナとメノウを包み込み、そのまま異空間へと彼女たちを誘っていった。

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