出来るだけ早く来てね

「1971番、そろそろ時間だ」

私は椅子から立ち上がった

「1971番、何か言いたいことはあるか?」

首を横に振り前を向く
本当は言いたいことは山ほどある

「では行くぞ…」

「出来るだけ早く来てね、宇宙船に乗るまでは毎日連絡して!」

「もちろんだよ、できるだけ早く今の仕事に目処をつけるから」

「うん!」
私より20歳以上若いのだから当たり前だが、目が細くなった笑顔は何処となく幼さを感じる

いつもは驚くくらいのしっかり芯のある娘だが、笑うと一本線のような目が途端に幼く見えるのも彼女の魅力だ

宇宙旅行は想像と全然違った

だってずっと寝ているんだもん
でもあれだけ寝たら本当にスッキリしたのも事実
あと一番不安だった背中の管の跡は気になると思っていたけど、アンドロイドっぽくてこれはこれで何かイケている気もするし

今は1人だけど“宇宙の果ての先の星”の新生活はいつも充実してる

彼が“宇宙の果ての先の星”に来る前に、料理をたくさん覚えたい

やらなきゃいけないことだらけだ!
でもワクワクしかない!

嘘だろ
まさか事故がおきるなんて…

先週までの時点では施工は完璧だったはず
何がおきたんだ

理由は簡単だった
単純な中抜き業務が横行したことで、作業が私が設計した物とは大分変わっていた
そしてずさんな工事で作業員が事故死…

「宇宙の果ての先の星への宇宙船の日程だけど、1度キャンセルせざる得ない。すまない、いつそちらに迎えるか目処がたたなくなった。出来るだけ早く旅立てるようにするから。連絡も毎日できないかも。じゃまた…」

そう言って彼女との通信を切った

旅立つのは大分遅くなるはずだ

「じゃあね!出来るだけ早き来てね!」

彼は少しこちらに来るのが遅くなるみたい

でもそれはそれで好都合かも
こちらの料理は初めての食材多いしね

彼が準備してくれたこの家はもちろん、送金してくれたコインも無駄遣いできないから、何か私でも出来る仕事探さなくっちゃ!

よく考えてくれ
僕は設計しただけだ。
それも国の安全基準より遥かに高い構造にした。それには訳がある。スポーツ公共施設というが、私はシェルターとしての使用も想定した。この星の気温は年々上昇している。今の防温壁もいずれ外気から耐えらなくなる時が必ずやってくる。その熱風から守るシェルターなのだ。そして“宇宙の果ての先の星”に移住する私からの最後の故郷の星への恩返しのはずだった

それが今回の死亡事故で、一番の責任は設計者の私にあるという風評になっている。国の仕事だから受注金額が大きいことで返って怒りが高ぶるのはわからないではないが、私は完璧な仕事をした
しかし世間は私を許してくれそうになかった…

中抜き作業した施工業者の幹部は雲隠れしている

日にしに私へのバッシングは大きくなるばかりだ

「大丈夫だよ。でも出来るだけ早く来てね・・・」
2週間ぶりの通信

彼からの連絡が途絶え気味なのは、トラブルがそれだけ深刻だってこと、違う星にいる私だってわかる

今すぐ帰って彼にあいたい
この星へ来る宇宙船は、逆の帰還する宇宙船としては運行していない。乗れるのは元の星の政府高官だけ
そう私たちは片道切符でこの星の生活を選んだんだ

だから私にできることは、彼がこの星に到着したら温かく迎えること
そしてまた一から2人の生活をスタートすること

近くにいることが出来ないからこそ、やるべきことをやろう

あの事故から3年、私は全てを失った
今まで気付き上げてきた全てを失った

彼女はどうしているだろう
約1年は通信連絡していたが、あまりにも疲れていたし、もう彼女に「心配ない」と嘘をつき続けることができなかった
そして通信はしなくなった
彼女からの通信があったかもしれないが、通信機器さえ手元にないのだから確認のしようもない

私は生きている価値あるのか
そんなことしか思い浮かばない毎日

事件として逮捕はされなかったが、今でもマスコミが私の行方を探している

熱風から守るシェルターを設計した私が、まさか熱風が1番当たる外側の街に住んでいるとは誰も思わないだろう

アナウンスが流れる
「長らくのご乗船お疲れさまでした。お待たせしました、宇宙の果ての先の星に到着いたします」

ついにきた
偽造パスポートという最後の手段を使って、“宇宙の果ての先の星”へ到着した

いずれ不法入星とバレてしまうだろう
でもこの選択しか前に進む道はなかった

今でも頭の中をよぎります

出発を彼と一緒にとあの星に留まっていたらどうなっただろう…

彼にトラブルでも強引に宇宙船に乗って欲しいと頼むべきだったのかもしれない

この星にきて10年
私も今は飲食店のオーナーになった
飲食店といっても夜の飲食店、この星では風俗店とは言わないことになっている

生活に困ってはいないけど、この10年でそれなりの苦労と社会経験は積んだとおもう

「あっ社長、いらっしゃいませ!」

私はまず自宅がある住所に向かった

そこには知らない名前の表札と新しい住民が生活していた

彼女はどうしているだろう

私のアテは彼女しかいない 彼女に逢うしかないんだ

「最近は随分移住してくる人の質が悪くなってきているが、この店は変わらずで助かるな」

「私がこの星に来た頃に比べると、10/1の渡航費と移住保証金しかかからないそうですね」

「これからもたくさんの就労数が必要だし、もうあの星の温暖化も止まらないから仕方ない面もあるが、どうも偽造パスポートなども横行しているらしい」

「まあ、物騒な話ですね。この星は人種も仕事による収入なども差別や格差もない社会を目指すはずだったのに大分変わってきてしまいました」

「でもそれだから、私も収入ある生活出来ているし、君の店も繁盛しているわけだからね」

「それはとても有り難いことですが、少し悪い気がします」

「ママは優しいな、こんな暗い話するには君の店は相応しくない。お代わりをいただけるかな」

「そうですね、ありがとうございます…」

私は街を彷徨った。とにかく端から端までくまなく彼女の存在だけを探した

どこにいるんだ

君しか頼りはないんだ

この星は人体チップからの番号で支払いが可能だが、偽造パスポートの身分では人体チップの番号では支払いができない
有り金をペイパルにして、それで最低限の食料と寝床の確保をしている
ただペイパルの残高がなくなるのも時間の問題だ

私は焦っていた

スーパーから今日必要なお摘みに使用する食材を買って店に向かう
自分の店をもってからほとんど同じように時間が流れていく

このままずっと同じように時間が流れていくのかな…

何かが衝突したようなものすごい音がした

振り向くとスカイカーが次々の建物にぶつかりながら、人をなぎ倒していく
その後ろから3台のパトカーが追いかけているのが見えた

「止まりなさい!止まれー!」

あぶない!と感じた一瞬で、私は宙に投げ出された…

何だかわからないが痛みが遠くで感じる

薄っすらしたボケた視界に大勢に取り押さえられている1人の男がいる

私、スカイカーにはねられたんだ
そう認識したと同時に意識が遠のいていく…

私を呼んでいる声が聞こえる…
いつか毎日聞いていた声、懐かしい声、あれ?これって…

この星の最初の重大犯罪

それはそうだろうな。“宇宙の果ての先の星”は人種も仕事による収入なども差別や格差もない社会を目指した新たな国。10年以上たったとはいえ、治安は乱れていないし、社会の歪みもないようだ

スカイカーを盗み暴走したあげく、4人もスカイカーで跳ねてしまった

最後の人を跳ね壁に激突して、スカイカーから跳ねてしまった女性と目があった
年齢からすると少し年上だったのに、瞳が彼女にそっくりだった
たぶん笑うと細くなる目
僕は何故か彼女の名前を叫んでいた

彼女は今何処で何をしているのだろう


明日が私の最後の日
夢でも良いからこの星で一緒に暮らしたかった

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