ウサギ

「宇宙の果ての先の星のこと、どう思う?」

「おもしろい試みだとは思うが、まだまだ難しい面も多いだろう….」
父は無関心に答えた。

「私、宇宙の果ての先の星に移住したいと思ってる」

「おいおい、急に何を言いだすんだ。それにどうやって生活するんだ」

「お父さん、一緒に行ってくれる?」

「無理に決まってるじゃないか。」

「じゃ、私1人で行くわ」

「1人で行くって、お金だってかかるんだぞ。そんな渡航費ないだろ?」

「私だって今まで働いて貯めた貯金もあるし、お母さんが私の為に残してくれたお金もあるし」

ソファに腰掛けている父に、2つの貯金通帳を見せた。

「これは…お母さんが貯めていたのか」

「そうよ、だからお金の心配はいらないの。私1人で宇宙の果ての先の星に移住する」

私の誕生日はクリスマスの12月25日。だから子供の頃は誕生日祝いとクリスマスを一緒にしたパーティーだった。

「一緒にやるなんて損しているよ、絶対。」と友達にはよく言われて、そのときは「そうかなあ…」とはぐらかしたけど、実は違っていてすごくうれしかった。

あの頃は、お父さんが私の誕生日必ず休みをとってくれてお母さんと3人、1日私の為に祝ってくれたから。

「誕生日とクリスマスの2倍のパーティーをしよう!プレゼントはパパからとママからと、サンタさんからの3つもあるからね!」

サンタさんからお人形、お母さんからはずっと欲しかったキャラクターがデザインされているトレーナー。そしてお父さんからは、仔ウサギのプレゼント。

「なんでウサギのこと知ってるの?」

「実はママから、スーパーの帰りに毎日ペットショップでこの子を見ているのを聞いてたんだよ。」

「お店で飼う人が決まったって…」

「そう、それがパパだったんだよ」

「だいすきー!パパ!」

あの時、トレーナーを着て人形と仔ウサギを膝に乗せ、父と母と3人で記念写真を撮った。

私が20才の誕生日を迎える2日前に、母はこの世からいなくなった。

私が高校生になった頃から、父と母の関係は上手くいかなくなっていた。父は事業を失敗して母方の持っていた預貯金もほぼ全額使い切り、そのストレスから酒にまみれ、外に女性をつくり、そんな自分自身を否定したくて、母に暴力をふるう。

お嬢様育ちだった母が、1度も働いた経験がないのに昼と夜のパートに出て私を育ててくれた。たぶん父から逃れたいのもあったのかもしれない。

そんな母の味方をしたかったけど、父の暴力がこちらに向かうのが怖くて、私は学校にできるだけ行くことで家族から逃げていた。

そんな生活が約3年間続き、あの日がやってきた。
夜の仕事を終えた母は、いつもはタクシーで帰ってくるはずが、駅に向かいホームから…

遺書はキッチンから発見され、自殺だった。

私宛の手紙と一緒に母が内緒で貯めていた貯金通帳を、私のクローゼットにあったのを葬儀が終わった夜見つけた。

その後父は貸金業を立ち上げ成功し、今は母がいた頃と同じくらい、もしかしたら生活レベルは母がいた頃より豊かな生活をしている。

私はというと、就職と同時に1人暮らしをしようとしたけど、父の猛反対をうけ2人暮らしをしている。

そんな父との生活も終わりにする。

私は、宇宙の果ての先の星に移住して新しい生活、新しい自分になる。

母がいつも言ってくれた、「好きなことで生きていければ、それが1番幸せなこと」

正直好きなことが何なのかわからない。でも今の生活が続いたら、私幸せなんかなれない。

とうとうこの日がやってきた。

思っていたより、宇宙の果ての先の星へ移住する人々は年齢が様々のようだ。だけど私くらいの年齢で独りで旅立つ人はほとんどいないみたい。

友人には知らせなかった。だから見送りもいない。

でもそれが返って私に勇気と踏ん切りをつけさせてくれる。

出発1時間前に、私宛の呼び出し放送が流れた。「至急中央カウンターにお越しください」

そこには父の姿があった。

私は何て応えたらよいかわからず、「行くね」とだけ伝えた。

父も同じだったようで、「あああ」と返事しただけ。

無言の時間が流れる

複雑な気持ちになりすぎて、その場から離れ出発ロビーに向かおうとした時、

父が「これ」といって1枚の封筒をさしだした。

「なに?」

「いや俺が持っていても仕方ないものだ」

その場で開けようかと思ったけど、すぐ離れたい気持ちが先立ち、「わかった」と受け取り出発ロビーへ歩いた。振り向かなかった。

父さんさよなら。

出発ロビーの椅子に腰掛け、私は母が残してくれた貯金通帳を取り出した。宇宙の果ての先の星の銀行に全額送金してしまったので空の通帳だが、私が持っている唯一の母の形見。ペラペラとめくる、通帳の紙の匂いが母の匂いように感じた。最後のページに母の手書きが一文あることに気づく。

「貯金はパパに貴女の為に少しでよいから貯めなさいと言われたの。パパと仲良く暮らしてね」

なんで?うそでしょ?

父から受け取った封筒を開ける

そこにはあの日3人で撮った写真が1枚だけ入っていた。

幼い私を中心に父と母。
プレゼントされた仔ウサギ…

私は中央カウンターに走った。でもそこには父の姿はもうなかった。

館内放送が流れる

「お待たせしました、宇宙の果ての先の星へご出発の皆様、搭乗手続きを開始いたしますのでお集まりください」

#宇宙の果ての先の星 #小説

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