貴女の瞳

僕は最後の最後で、貴女と一緒に旅立たなかった。

『宇宙の果ての先の星』には興味がある。

噂では人が住むことが出来る空気はもちろん、僕らの星ではほとんど見ることがなくなった自然がたくさんあるらしい。

「ゼロからはじめよう」というスローガンも分からなくもない。

確かに最近はとても住みづらい気もする。税金は流石に50%で高止まりしたとはいえ、食品の流通が極端に制限されて好みの食材は殆ど手に入らない。

でも『宇宙の果ての先の星』の建設会社の中心は、あのペケーニョアモール党の幹部と言われている会社だ。

彼らは現政権をことごとく批判するから政治空白が続いている。それによって僕らの生活はどんどん悪くなるばかりだ。

今日、貴女と共に過ごしたこの部屋を去ることに決めた。二人には丁度良い間取りも、一人になっては広すぎる。

貴女が使っていたクローゼットから、手作りの小さなスピーカーがついた電子機器らしきものが出てきた。

電源らしき箇所をONしてみると、「ザーザーザー」とノイズがスピーカーから流れてきた。これは何だ?

もしかしてラジオ?
僕らのひとつ前の世代、父にラジオの存在は聞いたことがある。僕が生まれる数年前にラジオ放送は全面禁止されてしまったらしい。

ラジオなぜ無くなってしまったのかを父に聞いたことがある。今の政権が出来る前はこの星の中に沢山の国が存在していて、思想や文化、宗教などあらゆることが多様性に富んでいたらしい。

現政権が多国から一つの星としての統一国に成し得た時に無くなった物がかなりあると。ラジオもその一つ。それからは情報は全てネットからに集約されている。いつでもどこでも政府からの情報はリアルタイムで更新確認できる世の中なのだから、これ以上の便利はないと思うが。

この小さなラジオ機器は何かの放送は聞くことが出来たのだろうか?

機器を裏返すと、見たことある小さなマークが付いていた。

あの建設会社のマーク。

貴女は此処から何を聞いていたんだ?

もしかしてペケーニョアモール党絡みの放送があったのか?

貴女が『宇宙の果ての先の星』の移住を口にし始めたのは、建設計画が発表されて間もない頃からだった。
僕が疑問だったのは、彼女が急に移住の話をし始めたのことと、『宇宙の果ての先の星』についてまだあまり情報がない時だったはずが非常に詳しく僕に話してくれたことだ。

たぶん貴女はこのラジオから何かしらの『宇宙の果ての先の星』についての情報を聞いていたのではないか?

僕はこのラジオらしき機器を捨てずに持っておくことにした。

結局ラジオは数ヶ月後に充電が切れてしまったようで電源が入らなくなった。一度も何かしらの放送を聞くことはなかった。
ラジオの電源が入らなくなったと同時に、僕は貴女のことを徐々に忘れていってしまうのだか…

僕は今でも独り身だ。
今朝のニュースは、『宇宙の果ての先の星』とのロケット便を1年後には全面廃止し、交流も全面禁止となることが繰り返し流れてくる。

そして大統領が全国民に人体チップの義務付けを宣言している。

僕は何年か振りに貴女のことを思い出した。

今更『宇宙の果ての先の星』に行かないと聞いてきた貴女の瞳が頭から離れないのはなぜだろう?

#宇宙の果ての先の話

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