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10月② 街道に吹く秋風や下駄の音(絞り染めで有名な有松街道@名古屋市緑区)

          写真:絞り染めで有名な有松街道(Wikipediaより) 

 世界最初の旅行社は19世紀なかば、イギリスで開業したトーマス・クック旅行社だとされるようです。
 が、その背景には一種の過剰な欧米崇拝の思い込みがあるような気がしないでもありません。

 というのも、それより150年余りも昔に日本型の「旅行社」が活躍していたからです。
 人々を「お伊勢参り」に誘うことを仕事とする、元は伊勢神宮の神職だった「御師」と呼ばれる人たちのビジネスが成立していたのです。

 彼らは個別に、全国各地に「かすみ」と呼ばれる縄張りを定めて、伊勢参宮のセールスを展開しました。
 むろん、道中の旅館や伊勢参宮時の旅館や飲食の手配、門前町の古市での歌舞伎見物や土産物の購入などのサービスも引き受けました。つまり彼らは、現代の旅行代理店そのものだったと言えそうなのです。

 こうして人々が旅に出かけるようになると、江戸幕府が整備した街道筋に宿場が発達し始めます。
 ここで紹介する愛知県の旧・有松町を通る東海道にも、古くて美しい町並が残っています。

 ただ、歴史を翻ると、現在の有松地域は江戸の始めには人家もない荒地だったようです。
 で、ここを通る東海道の治安維持のために、尾張藩が知多半島から移住する住民を募りました。そして1608(慶長13年)年、新しい集落として有松が開かれたのです。

 移住した住民には街道警護の役割も課せられたようで、武芸に覚えのあるものが多かったと言います。
 が、丘陵地帯のために稲作には適さず、至近距離に鳴海宿があったので宿場としても発展することはありませんでした。

 そこに竹田庄九郎という人物が登場します。
 彼は名古屋築城のために九州から来ていた人々の身に着けていた絞り染めの衣装に目をつけました。
 で、折から生産の始まっていた三河木綿に絞り染めを施した手ぬぐいを作り、街道を行き交う人々に土産として売るようになったのだそうです。

 以来、日本国内の絞り製品の大半を生産するようになり、今では国の伝統工芸品に指定されています。それが有名な「有松絞り」というわけです。

 世界で最初に多数の民衆が旅行を楽しんだ国は日本だった。
 1700年ごろ、東海道を往来した人の数は、参勤交代の武士を除いて100万を超えたとされる。

 同じころ、
 「遊覧のためにスコットランドを訪れる人は1年に12人を超えなかった」
 そう記すイギリスの歴史家のエッセーを読んだことがある。

 こうした違いは彼我の交通事情の違いに由来するようだ。
 まず日本では早い時代に街道が発達した。1600年における関ヶ原の戦いの翌年以降、江戸幕府は街道の整備に力を注ぐ

 無論ときには、そこに追い剥ぎやスリが出没した。が、当時のヨーロッパに比べると格段に治安が良かった。で、人々は安心して物見遊山の旅を楽しめたのだ。

 今ひとつは馬車の普及をめぐる彼我の違いである。
 それが発達したヨーロッパでは、旅を楽しむには馬車が不可欠だった。それを利用できるのは一部の富裕な階層に限られた。

 それに比べて日本では「クルマ」一般の普及が遅れた。
 ヨーロッパで馬車や馬車鉄道が縦横に利用されていた時代、日本人は荷車以外ほとんどクルマなしで百万都市・江戸を含む国土を立派に運営していた。

 が、そうであるが故に、元来が馬車など持てるはずのない庶民も、かえって徒歩の旅を楽しめたのだ。
 だから、日本の古い街道の道幅はせまい。

 このことが自動車の時代には足かせになった。
 と思っていると、地球環境の制約やら体力の衰えやら、自動車利用を減らして自分の足で歩こうという機運が高まりつつある。

 と記したところで思い出しているのは、自動車が1台も入れないイタリアの「海の都・ベニス」の街だ。この街の魅力のひとつは、街を歩く人の靴音が際立つ、せまい石畳の道の静けさにある。

 さあ、そこで愛知県の、今は名古屋市緑区に編入された「有松絞り」で有名な旧・有松町の旧東海道の町並みである。
 この古い街道でならカランコロンというカッコイイ下駄の音を響かせながらの粋な散歩も楽しめようというものだ。

 そういえば、夏に若者の間に「下駄」がはやったことがあった。歩くときのカランコロンの音がカッコイイと言われたこともある。
 下駄の音を響かせて歩くことで、日本伝来の古い街道の魅力が改めて発見される可能性は小さなものでないのではないかも知れない。

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