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11月② 紅葉と樹林の緑初雪の白(初雪の裏大山 from 鳥取県江府町)

                写真「晩秋の山里」(撮影:阪本紀生)


 高校1年の一般社会の時間だったと思います。
 啓蒙思想家ルソーの言葉として「自然に帰れ!」(確か板書に「!」がついていた)というのを習ったような記憶があります。

 ちょうど岩波文庫版のマルクス&エンゲルス『賃労働と資本』などを読んで「カッコをつけていた」時期なので記憶が鮮明なのです。

 そういえば当時の岩波文庫の背表紙には、値段を示す★がついていて、★ひとつが40円でした。
 『賃労働と資本』は110ページで★ひとつ、だったのですが、今アマゾンで価格をチェックすると、同じ本が572円――およそ60年の間に15倍近くになっていて驚かされました。

 さて、ジャン=ジャック・ルソー(Jean-Jacques Rousseau:1712~1778)は、いうまでもなくフランス革命の少し前に政治や教育に関する思索をめぐらした哲学者です。
 そんな人が書いた本に『人間不平等起源説』というのがあって、同じ高校生のころに、理解できないままに拾い読みしたような記憶があります。

 その書物を、あらためて眺めてみると、要点はこういうことのようです。

 「大昔、自然状態にあった人間は、言葉や階層の区別などがなかった。結果、いわゆる不平等そのものがなかった。が、農業が始まるなどの変化の結果、不平等が生じるようになった。さらに支配的な立場にある人間の職業が確立して、その不平等が固定化される。同時に彼らは、そうした支配を確かなものにするために武装し、社会や法の制度を整備し、支配下にある人々を組織的に支配する専制権力を手に入れた。このような社会制度が整備されると、自然状態で感じていた不便を越える不便を感じるようになる。もとより不平等は人間にとって自然な結果である。しかし法律によって人為的に許容される不平等が自然な不平等よりも強く作用すれば、それは容認できない。それは不自然な不平等であり、自然法に反するからである」

 分かったような、分からないような議論だなと思いつつ、当時の日本にも厳然と存在した人為的な不平等への強い違和感を呼び起こされたのを思い出します。

 と、「平成」の時代が終わり、新天皇の即位式などをテレビで眺めながら、なるほど、日本社会を支配している制度はフランス革命以前、人為的な不平等への批判的言辞を弄したルソーの時代と、ほとんど違わないのだなあ、などと思わされた次第です。
 というわけで、こんなコラムを書いてみました。おひまなときに、ご覧ください。

 啓蒙思想家のルソーが「自然に帰れ」と呼びかけた事実はないらしい。
 が、彼が、ありのままの自然を美しいと感じる感性に気づいた近代人の一人であることは間違いなさそうだ。

 というのも、それ以前のヨーロッパ人にとってアルプスの山々は邪悪な魔物の住みかだと考えられていた。
 それを「美しい」と捉え始めたのは18世紀後半、教養を求めて豊かな文化が蓄積されるイタリアへ旅したイギリスの富裕な若者たちだという。

 それに比べると日本人は古来、山に神仏の所在をイメージしてきた。
 だから富士や月山や白山など、霊峰と崇められる山が多いのだろう。

 ここ大山にも農耕神を祀る大神山神社と地蔵信仰の大山寺があって多数の参詣客を集めてきた。
 今なお面積の3分の2を森林が占める、世界でも希な国土は、こうした信仰の賜物であるのかもしれない。

 近景にススキの穂が揺れ、背後に針葉樹の森が広がる。
 少し高みに紅葉した落葉樹林、さらにその上には日陰に初雪を積もらせた荒々しい山肌がある。
 その間のわずかな平地を耕すために建てられた古い茅葺きの農具小屋と、橙色の実をつける柿の大木……。

 晩秋に吹き始める北西季節風の影響なのか。わずかな高度差の斜面に、ここでは日本の多様な自然景観がワンセット展望できる。
 しかも、特有の湿気の影響で色彩のマンダラは薄いベールを掛けたかのように奥ゆかしい。

 ただ、明治の廃仏毀釈以来、大山寺は建物の多くを失い、中腹には環状自動車道が建設され、冬はスキー、夏は登山で賑わう山岳観光が盛んになった。

 それ自体は結構なことだ。
 が、もし日本の山が神仏のおわす場所である故に豊かに保全されてきたのだとすれば、裏大山を望む、この小さな集落のはずれの風景に、荒っぽい人間の手が加えられる日がやってこないとも限らない。
 自然の風景は、それを見る人人々の気持のありように大きく左右されるのだ。

 この記事と直接の関係はないのですが、ぼくは、こんなキンドル本を出版しています。
 無論、Kindle Unlimited なら、無料でダウンロードできます。お読みいただけると、大喜びします。

 

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