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身体も心も温まる 鹿児島重富温泉(1227文字)

先日の鹿児島滞在中に訪れた重富温泉では、身体だけではなく心も温かくなった。

国道から脇道を入り、住宅街をてくてくと歩いて5分ほど。その脇道からも少し奥まったところにあるこぢんまりとした温泉。その屋舎は銭湯のようなイメージで、大きな温泉センターとは一味も二味も違う。

ガラガラと引き戸を引いて中に入ると、入り口で温かい笑顔の女性が会計を済ませてくれた。靴を脱いで上がった部屋は決して広いとは言えない待合室のようなスペースで、大きなテーブルにおはぎや唐揚げが並んで売られていた。絶対に手作りだろうと思えるお惣菜はとっても魅力的。でも、夕食直後故、美容とダイエットのため見ないようにして浴室に向かった。

浴室もこぢんまりとしていたけれど、シャワーが5人分くらいと、内湯、そして外には風流な露天風呂もあった。お客さんは多くはなく、岩風呂になっている外湯は独占状態。一人のんびりとリラックスして温まることができた。

そこへ、スタッフがやって来て
「入浴中にごめんなさいね」
と声をかけられた。シャワーを浴びている時にもその女性が外湯に行って、またすぐに戻って来る姿を見かけていた。何のために何度も往復するんだろうと気になっていると、
「時々、熱いお風呂が好きな人が蛇口を回して湯量を変えてしまって…熱くなりすぎないようにチェックするのよ」
と水温計を湯に浸けながら、訊く前に説明してくれた。

「何度でした?」
と尋ねると、暗闇に目を凝らして温度計を見ながら
「43度ちょっと」
と答えた。
「丁度いいですよ」
と伝えたが、後からネットで調べると43度はお風呂の温度としてはギリギリのマックスで、もう少しぬる目にしてゆっくりと時間をかけて温まるのがベストらしい。しかし、こまめな湯温チェックに表れている丁寧な接客精神が嬉しくて、芯まで温まるのは温泉成分の効果だけではないように思えた。

その後も露天風呂には誰も来なくて、一人でゆっくりと浸かっていた。すると、そのうちポツリポツリと雨が降ってきた。これくらいなら雨の露天も良いね…と思ったけれど、傘を持参していなかったため帰り道のことを考えて残念ながら上がることにした。

脱衣所で服を着て、髪を乾かす。人がごちゃごちゃと多い脱衣所はただそれだけで疲弊するが、相変わらず数人しかいないので身支度も苦にならない。すると突然、元気の良い子どもの声がした。
「さようなら」
そう言いながら、小学校低学年くらいの女の子が脱衣所の戸口に立って深々とお辞儀をしていた。
「さようなら」
すぐにそう返すと、もう1人、ドライヤーで髪を乾かしていた人も同じように言った。

ご家族の躾なんだろうな、と思った。普段から、そんなお手本を見て育っているのだろうと。

小さな脱衣所で交わされた「さようなら」の挨拶が、少女が出て行った後も、身体だけではなく心もポカポカにしてくれた。
こんな小さな温泉での何気ない出来事が、きっと、ずっとずっといつまでも温かい思い出として記憶に残るんだろうと思う。

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