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吉祥寺ハモニカ横丁の朝市になぜ出ているのか?

 昨年の9月くらいから吉祥寺のハモニカ横丁中央通り朝市に「チームあけぼの supported by ことのは」として毎月1回出店しています。コロナが明けて再び出店し始めているわけですが、コロナ前に行われていたハモニカ朝市を含めるとコロナのブランクはあったものの10年近く前から出店していることになります。今回はどうして出店を始めたのか、何が魅力なのかについてお話しできたらと思います。

出店のきっかけは作業所での石けんづくり

 当時、10年以上前だと思いますが、私は杉並区の障害者の事業所に勤めていました。比較的重度の知的障害を持つ方でも働いて工賃が得られるようにしていこうという法人の方針に則って、石けんづくりを始めていたのです。食品製造だと、障害の特性で髪や体をいろんなところを触ってしまったりと、衛生上の管理の問題があって製造に従事するのが難しい方がたくさんいるのですが、食品以外のものであれば、比較的ハードルが低いし、しかも消耗品であれば回転が早いので、たくさん継続的に買ってもらえるだろうということで石けんづくりを始めたのです。石けんと言っても廃油石鹸のような安くて、においが悪くてというものではなく、オリーブオイルをたっぷり使って、エッセンシャルオイルで香りをつけた高級で体にも心にも良い石鹸にしようということになりました。
 利用者さんの仕事は石けんのたねをボトルに入れて振って攪拌して固まらせることでした。音楽に合わせて踊ったり、ボトルに万歩計をつけて、30秒間に振った回数を競う「振り振り大会」と勝手に名付けたものをしたりしながら、楽しく攪拌しているうちに石けんが出来上がるというようなことをやっていたのです。
 ある程度、生産が安定してできるようになって、家族や、関係者にある程度売れるようになっていきました。売上を伸ばしていくために、次は石けんを外に売りに行こうということになりました。そこで、取り組み始めたのが、代々木公園で行われるアースデイと、吉祥寺のハモニカ横丁朝市だったのです。特に作業所から比較的近い吉祥寺のハモニカ横丁で毎月行われている朝市では、福祉とは全く関係のない人が集まる場所で、毎月定期的に出ることで、新規に顧客を増やしていけるのではと期待したのです。

始めてみたら、朝は早いし、売れないし、利用者さんも集まらないし。。。

 でも、出店して最初からうまく行くはずもなく、辛いスタートでした。まず朝早すぎるのです。7時にスタートなので6時30分くらいには家を出て、重い荷物を担いでハモニカ横丁に行きます。販売に行くのは私1人と、利用者さんが1人来るか、来ないか、多い時でも3人くらいです。朝早いのもあって、当たり前ですが、そんな早くから来てくれる利用者さんなんてそうはいないのです。販売が大好きという利用者さん数名くらいが来てくれることになったけど、私と一対一とかだと、盛り上がらないのか、来たり来なかったりで、参加メンバーが安定しませんでした。そもそも、早朝から定期的に来てくれる利用者さんを見つける方が難しいかもしれません。
 それも影響して最初はあまり売れませんでした。作業所で作っている商品ですから、スタッフの私一人で売っても売れないのです。やっぱり作っている人の顔が見えて、ストーリーが見えるから買うというのが、お客さんの心理としてあると思うのです。それが、「障害者の皆さんに作ってもらってる石けんを持ってきましたので買ってください」的なストーリーでは弱いんですよね。「私が作った石けんを買ってください」だから売れるのです。最初の頃の売上は本当にきつかったですね。一個も売れなかったらどうしようと心配したり、もう自分で買って、誰かにプレゼントしてしまうなんてこともありました。どうしたらもっと売れるのか、楽しいイベントになるのか?試行錯誤して過ごした厳しい時期が一年近くあったと思います。

売るアイテムをとにかく増やそう

 まず販売アイテムを増やしていこうということにしました。作業所では工賃を増やすためにいろんな商品を作っていました。農作業もやっていたので、ハーブの苗を売ったり、野菜を売ったりもしました。アート活動もしていたので、利用者さんのアート作品を表紙にしたメモ帳や、ペンケースなどの小物、年末にはアートカレンダーも販売しました。それから季節ものとして、クリスマスにもみの木のリースや松ぼっくりで作ったツリーを販売したり、バレンタイン用にチョコレート石けんなんかも作りました。スウェーデン刺繍をした通帳ケースとかブックカバーなんかも売りました。カラフルで明るくて、楽しくて、優しい感じのお店になっていき、お客さんが立ち止まって見てくれるようになりました。

じゃんけんキャンペーンを始めました

 販売促進策としてじゃんけんキャンペーンを始めました。買ってくれたお客様と利用者さんがじゃんけんをして、お客さんが勝つと、石けんの端切れのサンプルがもらえるというキャンペーンなのです。販売が大好きなその利用者さんは、とにかくお茶目な人でじゃんけんでグーしか出さないのに、自分がグーを出すことを先に宣言してしまうのです。そして、案の定負けると、今度は「悔しい!助けて!お母さん!」とふざけて叫ぶというパフォーマンスを披露してくれるのです。それにお客さんも大喜び。「じゃんけんの人」と呼ばれ、毎月それを楽しみにしてきてくれるお客さんもいました。笑いにあふれる売り場になっていって、利用者さんもノリノリになっていきました。

利用者さんの送迎も始めたことで一気に利用者さんが増えました

 作業所の車を使って、朝早くに自力で朝市に来れない利用者さん二名の送迎も始めることにしました。職員も私以外に、もう一人非常勤の人も出勤することになりました。それによって毎回5~6名の利用者さんが必ず参加するイベントになり、とても賑やかになっていきました。他にも、施設長のように朝市が終わる頃に、みんなへの差し入れのお菓子とドリンクを買って持ってきてくれる利用者さんもいたりと、みんな自由にそれぞれの朝市を楽しむようになっていきました。そんな楽しい雰囲気が良かったのか、ボランティアさんもほぼ毎回来てくれるようになりました。写真を撮って利用者さんやスタッフに配ってくれるボランティアさんとも出会いました。その方とは、朝市だけでなく、作業所にも足を運んでいただけるようになり、長くお付き合いいただけるようになったのです。気が付けば当初の淋しい販売が嘘のような賑わいになっていました。利用者さんも、スタッフも、ボランティアさんもみんな朝市が本当に大好きでした。

うちの家族もみんなで参加し始めました

 うちの家族も朝市のレギュラーメンバーになっていきました。まだ幼稚園児だった子ども達にとっても、朝市の美味しいものが食べられて、可愛い雑貨もあって、にぎわっていて、とにかく自由な雰囲気だったのです。また、利用者さんたちとの楽しい交流も好きだったようで、毎月、朝市の時には朝6時には家を出て、作業所に荷物を取りに行き、利用者さんの家に迎えにって、朝市に向かうということを毎月楽しみにやるようになったのです。私にとっては、こどもたちに、私がどんなところで働いていて、どんな仕事をしているのか、知ってもらうためにも、格好のイベントだと思って大切にしていました。

終わりは盛大な打ち上げで

 朝市は朝7時から始めて、朝の10時には終わってしまいます。それで終わるのはもったいなすぎるでしょうということで、打ち上げは毎回盛大にやりました。ボーリングやカラオケやしゃぶしゃぶや焼肉の食べ放題、回転ずし、バーベキューなどとにかくみんなで楽しいことをやりました。みんな打ち上げが目的で朝市に出てるんじゃないかと、作業所の他のスタッフから苦言を言われることはありましたが、その通りな部分もあったと思います。。。

でも、朝市も終わりに。。。

 そんな感じで5年くらい楽しく行ってきた朝市ですが、私が小豆島に移住することになり、作業所を退職することになりました。私の代わりに朝市をやってくれる職員がいなかったので、朝市への出店も私の退職と同じタイミングで終了となってしまいました。移住ですからしかたないこととはいえ、本当に淋しいなと感じました。私にとっても、家族にとっても、利用者さんにとっても、ボランティアさんにとっても、淋しくなるなと本当に思いました。「東京に戻ってきたら、また朝市をやってね。」と声をかけてくれる利用者さんもいました。うちの子ども達も「東京に帰ったら朝市をやりたい」と言っていました。みんなにとって大切な場所になっていたのだなと改めて感じ、もし東京に戻ることがあったら、また再開したいなとその時から思っていたのです。

(続く)


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