テグ紀行

 10月半ば。韓国テグは東京より一足先に秋本番であって、空は高く澄んでいた。
 毎年都合が合わず辞退していたアジアドラマカンファレンスにようやく参加してきたのだ。
 日本、韓国、中国、タイ、シンガポールなどアジアのドラマ脚本家や製作者たちが意見交換する場である。
 ほぼ一日中ホテルのホールでシンポジウムが続く。どれも考えさせられるものばかりではあるのだが、僕は一日早く帰国するためこのままでは観光するタイミングがないと気づき、街歩き好きとしては我慢ならず、こっそり抜け出した。
 バスに乗って、中心部へ。
 初めて来たテグは、ソウル、プサンに次ぐ第三の都市。古い市場や歓楽街を有する歴史ある街でありながら、新興都市のような魅力もあった。
 西門市場のホットク(揚げパンみたいなの)と、カルククス(うどんみたいなの)がうまかった。なんかの虫のサナギを焼いたみたいなやつは、チャレンジしてみようか迷った挙句、100円で紙コップ山盛りを渡されてるのを見て遠慮した。食べておけばよかったかな。
 またバスに乗ってこっそり会場に戻ってしれっとしてたけど、抜け出してたことはバレバレだった。ごめんなさい。
 ちなみに韓国のバスはね、ベンチでぼーっと座ってるとビューンと行かれてしまう。立ち上がってそれに乗るぞという意思を明確に示さないと止まってくれない。降りますボタンを押しても座席に座ってるとやっぱりビューンと行かれてしまう。停留所のだいぶ前から降り口に移動してすぐ降りる態勢をとらないと止まってくれない。一つ学んだ。ご注意を。

 シンポジウム後の交流会が個人的には有意義だった。
 どの国の人も、『リーガルハイ』はだいたい知ってくれていて話が弾んだ。『三丁目の夕日』や『キサラギ』もわりと。
 アジアでは韓国ドラマが圧倒的に人気。タイやシンガポールの作り手にも「やっぱりあなたの国でも韓国のドラマのほうが日本のドラマより人気ある?」と一応聞いてみたけど、「そうだね」「まあ、今はね」。
 とういうことで、今回参加した個人的な目的の一つは、韓国の脚本家たちにいろいろ聞いてみたい、だ。
 韓国の脚本家たちの溜まりに無理やり混じってみた。
 あちらは男性より女性脚本家のほうが多いらしい。テレビドラマの視聴者が女性だから気持ちがわかるのだと。
 「好きな韓国のドラマはあるか」と聞かれたので、『未生ミセン』をあげると、「ミセンの脚本家は彼女だよ」と。おお。思わず握手。
 チュン・ユンジュンさん。麗しい女性だった。
 原作にはどのくらい忠実?どうやってキャスティングしてるの?あの最終回は初めから決めていたの?など根掘り葉掘り聞いてしまった。包み隠さず話してくれてありがたかった。
 他の作家にも何人か話を聞いたが、僕の結論としては、日本も韓国もドラマ制作にさほど違いはない。ただ、脚本づくりには韓国のほうが労力をかけていると感じた。
 ミセンに関しては、アシスタントを3カ月間貿易会社に就職させて、毎日あったことすべてを報告させていたそうだ。こういう取材の仕方は決して珍しいことではないらしい。
 下世話ながら、脚本家の懐事情についてもそれとなく探ってみたけど、まあ、詳しくは言わないけど、金銭面でもあちらのほうが勝ってましたよ…。

 印象に残っているのは、ある韓国の脚本家に、日本のドラマより韓国のドラマのほうが人気があるのはなぜだと思うかと聞いてみたときの、彼女の答えだ。
 「昔の韓国のドラマは、突然交通事故に遭ったり、突拍子もない事件を起こして展開させていた。だが日本のドラマは、人物の繊細な心理を丹念に描写して展開させており、私たちはそれに衝撃を受け、大いに学んだ。今、韓国のドラマはそれに追いつき、さまざまなタイプのものが生まれている。でも日本のドラマはそこに安住し、進化していないように思える」
 異論がなくもないが続けて聞いた。「韓国の脚本家は、世界でもウケるようにと考えて脚本づくりをしているの?」
 「もちろん、多くの作家がそうだろう」
 日本の脚本家で、海外でもウケるようにと考えながら書いてる人がどれほどいるかなあと考えてしまった。
 もちろん、日本のドラマは日本人のために作ってるんだから日本人が楽しめればそれでいいという考えもある。
 韓国は国内市場が小さいので早くから国策としてドラマの輸出に力をいれてきたという背景の違いもある。
 日本は国内だけで商売が成り立つんだからそれでいいではないか。
 でも、中国や韓国の作り手たちが手にしているものを知ると、本当に日本は国内で成立しているといえるのだろうか、と考えてしまう。
 日本の優秀なスタッフたちは、その能力や労働にふさわしい対価を本当に得ているのだろうか。
 このままでいいわけがないのではないか。
 夢を示せない場所に、才能は集まらない。
 中国の制作者は「どうすればアメリカと戦えるか」と真剣に考えていた。
 タイは経済成長著しく、ドラマもものすごいスピードで進化しているという。
 ドラマをめぐる環境は世界中で激変している。
 わくわくしている。
 目の前にフロンティアが広がっている。
 こんな時代に脚本家をやれていて、たのしい。

写真は、チュン・ユンジュンさんと、タイの名プロディーサーnongさん。


 国と国。政治、外交が対立することがあるのは仕方ないけど、文化芸術エンターテイメントはそういうときほど手を取り合いたいもの。分断する道具ではなく、つなぐ道具でありたい。

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コメント1件

ミセン、は辛くて苦しくて最初は泣きながら見ていました。セリフではなく、主人公が「あらゆるものから受け入れられていない」といった顔で雑踏を眺めているときの表情。口には出さなくても、みんなが主人公に対してハーア、困ったわ、オマエには期待してねえよ、といった雰囲気を感じ取るときの瞳。仕事ができる女上司の、こっそり家族にかける電話と声。とてもつらかったけれど、もう見たくないとは決して思いませんでした。そして自分は脚本家ではないけれど、こういうドラマを支持してくれて最後までみてくれる人がたくさんいる、ということがとてもうらやましいと思ってため息をつきました。韓国ドラマの執拗とも思えるほどの感情描写。話数と時間の長さ。日本だとこれをやって見てもらえるのかな、と。でも作り手はいつだって客のせいになんかしないし、できやしない。してなるもんか。そんな誇りがドラマや映画を面白くしてくれると思っています。
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