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私とN : あの時絶対、そうだった?

合宿の夜、真夜中の散歩から帰った私とNは2人部屋の中で恋の話をしました。
「私ほんとに、去年は遊び過ぎたんよね」と、へらへらしながら前置きした後で、数々の過ちを語るNは、経験した人数をたびたび言い間違えました。
それから、「私、今度はちゃんとした恋がしたいな」と言いました。

恋愛に興味がなさそうでどちらかというとサバサバしているNにそんなに語ることがたくさんあることに驚いて、自分の経験があまりにもゼロであることが急に恥ずかしくなりました。
「私はそういうこと、全然ないなぁ。ほんとに。たぶん、魅力がないんだろうな」

一度だけ、覚悟をしたことがありました。
好きな人と何度目かにご飯に二人きりで行った日。私はいつもよりかわいいワンピースを着ていて、メイクを張り切り過ぎていて、お酒を飲みすぎました。
思い上がりかもしれないけど私のことを想っているように感じていたその人は、常に紳士的で、いつまでたっても友達止まりでした。この日何もなかったら、もうあきらめよう、そんな気持ちで酔って涙ぐむ目で彼を見上げました。
よく見れば充分に酔っている目のその人は、それでも私を口説くこともなく、店を出てからふらつきながら歩く私の手を取ることもなく、「じゃあ、気を付けて」と駅の前で別れたのでした。
せめて、少しでも、口説くそぶりを見せてくれていたら。そんなことを思わないわけがありませんでした。
考えれば考えるほど、私にはそういった魅力がないのだろう、という自己嫌悪にしかたどり着きません。

「でもさ、その人、童貞やろ。こじらせてるよ」
Nはこともなげに言い放ちました。
「えー、でも、それ言ったら、私もこじらせてるよ」
と彼をかばう私。それをさえぎるN。
「いや、そういう問題じゃないて。自分の好きな子が隣におって、かわいい服着て、しかもそんな酔っとるんやろ? こういうのは生理現象や。絶対! そいつ、見えないとこで勃ってるよ!」

恥ずかしげもなく、すごい言葉を連発するNに圧倒されて、思わず浮かぶ情景。
もしかして彼はあのとき、実は本当にそう、だったのか?!
想像すれば、あまりにもおかしくて、私は笑い転げました。
笑う私を見て調子づいたのか、Nはさらに大きな声で
「ビンビンやで!!」
と追い打ちをかけるように叫びました。
(ちょっと、待って、隣の部屋に聞こえる)と腹を抱えて笑いながら息も絶え絶えに訴える私を見下ろしてNもおかしそうに笑いました。
ついに耐えきれなくなって自分でも、
「勃ってたんか」
と口に出して言ってしまえば、
「勃ってた、勃ってた!」
とNが力強く繰り返します。

その声は風に吹きとびそうなほどの心もとなさだった私の『自信』に染み込んでいくようでした。Nの言葉が心にたしかな重さをもたらしていくのがわかりました。

「私な、下ネタは世界を救うって本気で思ってるからな」

元気になってきた私に気付いたのか、得意げなN。
その時も私の頭の中では「ビンビンやで!」の声が幾度も幾度も反響していました。

なおこの声は、その後、私が自分に自信が持てなって落ち込むたびに聞こえてくることになるのですが、それはまた別の機会にお話ししましょう。

#エッセイ #コラム #随筆 #人間関係 #友情 #笑い話 #人生

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