もうぷよぷよをしたくない

64でやったぷよぷよ。それが、テレビゲームをした一番古い思い出です。あれは小学校に入る前だったか。
父がもっぱら自分のために買ってくるゲームの中で唯一、私にもかわいいと感じられたのが原色の荒い絵がやや目に痛いぷよぷよでした。
ぷるんとしたぷよぷよの動き、連鎖するときの気持ち良さ、幼くして私はぷよぷよの快感を知ってしまいました。

父がいない時にもひとりこっそりと64をセッティングしぷよぷよをしていました。そういえば2つ上の兄はまったくぷよぷよをしなかったけど、なぜなんだろう。
いつのまにか父にも勝てるようになって、私はそれが嬉しくて、ますますぷよぷよのことが好きになりました。
それなのに、いつのまにか64のぷよぷよをしなくなって、あれはなぜだったんだろう。

DSが発売されたのちの、『ぷよぷよフィーバー』が2番目のぷよぷよとの出会いでした。その頃私は小学校3年生くらいだった気がします。
64にはない綺麗な絵、そして何よりフィーバーモードという快感の暴力。労力を費やさずしてもたらされる10連鎖、12連鎖、13連鎖!?
こんなのを知ってしまったら、もうあのころのぷよぷよには戻れない、と静かに思いながら、当時小学生だった私はぷよぷよフィーバーに明け暮れました。
それからぷよぷよフィーバーもいつからかしなくなったのですが、そういえばなぜだったんでしょう。

22歳の夏。つまるところ、おととい。
再び、ぷよぷよと相見えることとなりました。
ゲーム好きの知人から借りた3DS(『ぷよぷよ‼︎』のソフト入り)。「好きなゲームはぷよぷよだ」と言い続けていたらなんだか借りる流れになったのです。
しばらく遊び慣れたフィーバーモードで遊ぶのですが、なんだか消化不良な感じ。
連鎖を積もうとしているのに突如中断されてフィーバーに入ってしまう。あんなに嬉しかったはずのフィーバーがうざったい。
連鎖はこちらのほうが積んでいるはずなのに、フィーバーモードに頼る相手に負けてしまうことが多く、不満。
フィーバーモードを活用して大勝利。でも、自分で勝った感じがしなくて気持ちよくない。
この勝ち方は美しくないのではないか、そんなことを思ってしまう。

もっと、ちゃんと、ぷよぷよしたい。

そんな気持ちが膨れていきます。
ついに私はフィーバーモードをやめて、「とことんぷよぷよ」モードに手を出します。
このモードはひたすら一人でぷよぷよを続けるというもので、フィーバーモードもなければ、相手からのおじゃまぷよもありません。
思う存分、好きなだけぷよぷよすることができます。

そうそう、これこれ!!!

自分の頭で連鎖を作って、そして、能動的にぷよぷよしている感覚。気持ち良さの濃度が違います。

「とことんぷよぷよ」はしだいにぷよぷよが落下する速度が速くなりますが、なんのその。最高速度に耐えているとまた少しスピードが緩やかになり、そしてまた速くなり……その繰り返しです。

30分ほど「とことんぷよぷよ」を続けた頃でしょうか、

ふいに感じる疲労感。
しんどい……これはいつになれば終わるんだ?

もうぷよぷよ欲は完全に満たされてお腹いっぱいな状態。いや、むしろもうぷよぷよがはち切れんばかりに身体中を満たして、気持ち悪いのです。苦しいくらいに疲れ切って、ぷよぷよの終わりを願ってしまいます。
あぁ、そうか、もう私は歳だな。

自らスタートボタンを押してぷよぷよを中断し、3DSの電源を切り、ゲームを貸してくれた知人にLINEを送ります。
「もうとうぶん、ぷよぷよなんてしたくない」

#エッセイ #ゲーム #思い出話 #ぷよぷよ


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宮越あん

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