私とN : 幸せになるまでの過程

合宿の夜の大宴会の後、「こういう旅行とかのとき、いつも散歩をすることにしてる」と言うNと夜の散歩に出かけました。
「これ、どこまで行けるんかな」
ホテルの前の道路を横切って、琵琶湖のそばまで歩きます。湖を右回りするか、左回りするか、少し考えたあとNは右に進み始めました。
1月のよく冷えた夜。街灯も少ない歩道には私たち以外いませんでした。

「さっきの占い、どうだった?」
と訊けば、こちらに目を向けるN。
私が訊いたのは、宴会中に受講生が突然「僕、手相が見れるんです」と言い出し、みんなの手を順に見て回った、『占い』のことでした。
「自分の信じたほうに進めば大丈夫って言われた。私、わりと本気でいつか起業したいと思ってるんやけど、なんか、そういうの、ちょっと勇気は出たかな」
Nは不真面目でよく授業をさぼるし、要領がよくて妙に大胆なところがあり、『起業』という言葉がよく似合います。
「そっか、起業か。面白そうだね」
と答えてから、自分の『占い』の結果を言おうかどうか、少し迷いました。
合宿中ということでただでさえセーブしていた酒量。酔いなんて、とうに醒めていました。

「Nだから、言うんだけど。私、ずっと悩んでることがあって、なんかそれ、ますますどうしたらいいのかわからなくなったかな」
ひと息置く私をNは静かに聞いていました。
「私と一緒にいたら、どんな人でも幸せになるんだって。どんな売れない芸人も、私と付き合い始めたら、急に売れるようになるんだって。どんなダメな人でも、私は幸せにできるんだって。」

私の左手を見た瞬間に、自分の両手で私の手を包み込み、『え、結婚してください』と冗談で言ったあの受講生を思い出しながら、ため息。
「それはまた、すごいな」とNが愉快そう。

「それはね、単純にはすごく嬉しい。でもね、そんなこと言われたら、ますます私はだめな人から離れられなくなる。私が一緒にいさえすれば、このだめな人は幸せになれるかもしれないのに、って思っちゃうでしょ。でも、それって、相手が幸せになるまでの過程で、私自身はすごくしんどいでしょ」

当時私には、とても好きだけど、一緒にいると辛くなってしまう人がいました。
私はその人を幸せにしたくて、一緒にいる時には楽しそうにしてほしくて、楽しませようと頑張るのに、その人自身は私のことを全然大切にしてくれていない気がして、際限がなく不幸そうで、私はどんどん自分に自信が持てなくなってしまうのです。

「まぁ占いやからそんなに気にせんでもいいと思うけど」と前置きをした上で、Nは言いました。

「要するに、あんちゃんをそんな気分にさせるやつとは離れたらいいと思うわ。あんちゃんは、一刻も早く、そいつと距離をおくべき」
「いや、でも私、その人が悲しんだら嫌なんよ。私と離れたら、たぶんちょっとくらい寂しがると思う。それだけでも、すごく嫌」
「あーあ、だめだね、もうこれは。辛いかもしれんけど、絶対に会わんほうがいい。そしたらわかるよ」

私は幸せにしたい人を思い浮かべながら、それでもすでに、占いよりもNを信じたいような気持ちになっていました。

「あんちゃん、いつもすごくちゃんとしてるし、ニコニコしててて、そんなことで悩んでるなんてね。まったくそんなそぶりもなかったよね。」
Nがびっくりしたようにため息をつきながら、
「でも、私は、あんちゃんはもっと自分に自信を持っていいと思う」
と力を込めて付け加えた。

Nが選んだ右側の道は、琵琶湖にかかる大きな橋の始点に続いていました。
ちょうどその手前あたりで歩道は終わっており、橋を渡る車がさかんでした。自動車のライトのおかげで、あたりは明るくなっていました。
「なにあれ、橋渡るのにお金いるんや」
どうやら料金所がついているらしい、橋への入り口を指さしながらNが言いました。
「おなじ日本やのに。湖のこっちからむこうに行くだけで金取るんやね。いいな、私も湖作ろうかな」
ふふふ、と笑ってから私たちはもと来た道を戻り始めます。
「私、全然酔ってないよ」
私は、さっきのNの力強い言葉を思い出しながら、Nへの信頼を込めて言いました。
「うん、私も。あの程度じゃ酔わへんわ」
Nがにやりと笑う、その顔を、後ろを通り過ぎる車のヘッドライトが照らしていました。

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宮越あん

【エッセイ】私とN

友人Nとのことについてのエッセイです。 たぶん、私が書くエッセイの中では今のところ一番面白い。
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