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1.

「お前、XXXXXしとるんか!!」

乾燥地帯のようにひび割れた皺が動く。
黒い革張りのソファは私の尻を捕えて離さない。目の前のヤクザにビビってるのか、どうなんだ私の尻。

「でも、SP1の結果はいいんだよなぁ、お前」
「…はいぃ」
私がこの場所に監禁されてから、まだ10分も経っていない。付き合って4年になる恋人が捜索願を出すには早すぎる。

「色々あったみたいだけどなぁ、ウチで頑張れるんか? なあ? 頑張らんといけんで」
「それって、な、内定·····頂けるんですか!?
「おう。頑張れよ。っんとにもお、なあ」

某年某月。いたいけな若者はとある会社に入社した。ここから、この若者は結婚。痴話の争いに巻き込まれたり、大きく成長したり、小さく丸まったりする。

そして、今夏。
若者はお世話になったその会社を退社する。
このnoteはそのあらましを記録した物語である。


2.

『私は会社と恋愛をしたい』
そう言った人物がいた。なぞらえて言うなら、私は恋人をフった形になる。

『生まれ変わってもいっしょになろうね』
今の会社にもう一度入ろうとは思わない。もう一度人生をやり直すならそのときは違う景色が見たい。

しかし、この、会社との縁は切れない。
『別れても友だちでいようね』
人間同士ならいざ知らず、会社が相手であればこの言葉は真実となる。今ならそう思えるのだ。


3.

もしデベロッパーズサミットに行っていなければ。もしTwitterをしていなければ。私は転職をしていなかったかもしれないし、時期の違いだけで結局転職していたかもしれない。

デベロッパーズサミット、通称デブサミは毎年3月に行われるイベントである。事前審査を通過したプレゼンのほか、GoogleやSalesforce、とらのあなといった国内外の企業がハンズオントレーニング等を実施している。傍聴者として参加はまだ2回。登壇者としての参加は未だない。

デブサミのGCPハンズオンが転職を行動に移す直接のきっかけとなった。『Googleでは共に働く仲間を募集しています』ハンズオンプログラム終了後、フロア壇上に示された1つのQRコード。

私はラウンドテーブルイベント(採用試験のオリエンテーション、プロパー社員を交えたEnkai)を終え、不慣れな英語の職務経歴書を書き、リクルーターと健全なビデオチャットをした後、六本木ヒルズに赴くまでに至った。ヒルズにおけるGoogleのMTGルームは山手線や中央線の駅名を冠している。私が入ったのは鶯谷(デッドボールではない)だっただろうか。

既にご存知の方もいらっしゃる通り、Googleは面接の結果、ApplyしたPositionに不適合となっている。グローバルなオポチュニティと、プリセールスとしてのエクスペリエンスが足りなかった。


4.

Twitterはピーチクパーチク囁く小鳥たちのアプリだ。

Twitterの小鳥たちには大いなる刺激を受けた。普段業務で知り合う人間など、同僚上司後輩・取引先に怪しいスカウトくらいである。Twitterの小鳥はそれと同じくらい怪しかったが、より魅力的であった。3月には『横浜のお父さん』や『舌を出したアイコンの人』、『名前の読み方が分からない人』と飲み会を実施。全く利害関係のない小鳥たちと交流を持てるTwitterの怪しい魅力に、私は惹かれてしまっていた。

同年代、同じような境遇の人。
歳若くして起業していたり、自身とは異なるやり方でより多くのおちんぎんを稼ぐ人。
そしてなんだかもうよく分からないスケールの人。

まだ見ぬ世界を憧れてしまったのはいたし方ないことだろう。隣の田んぼが、それはそれは青かったのだ。


5.

とか言ってるけど、1番の要因は金銭的な問題である。おちんぎんである。
弊家庭では専業主婦(夫)制を採用している。伴侶は子どもが生まれるまでは様々な形態で働いていたが、今では立派に無職を謳歌している。

「生活苦しいなら働こうか?」
殊勝な問いかけは、けれど。
「本気で言ってる?」
「ぜーんぜん働きたくありまっせーん」
(元ニートのSEみたいなことを言ってる)この人は私と違い、外の世界に出なくてもいいらしいのだ。理解はできないが、そういうものなのだろう。

この暮らしを守るためには、早急に増収する必要があったのだ。詳細は別の機会に譲るとして。


6.

結局、私は『Green』という転職求人サイトで転職を決めた。3年ほど前、自分の価値が知りたくて、他社の事業や採用ニーズが知りたくて登録したサービス。そのオファーメールを受け取ったときは、まだ、自分がその会社に転職するとは想像していなかった。

ーー家族が一番大事です
アピール欄のこの一文が決め手になってオファーするなんて。そんな会社ある? 半端ないって。蓋開けてみたらめっちゃ魅力的な待遇やん。そんなんできひんやん普通…。

年収はまさしく1.5倍でやっとこさ810万。大金である。一部のスケールのよく分からない人を除けば大金なのだ。FXで3000万溶かしたり、もしくはGenius4の頭脳だったりする人からすると些末な額かもしれないが。あとリモート勤務がMAX週四である。


7.

退職願を書いたのが、4/24。
上司との面談は3回。いずれも円満と言って差し支えのない内容だった。私は他の誰でもない、自分の意思で退社する。何故か涙が出た。
社長、人事部長との面談が5/20だったか。それでお仕舞い。来たる6/28の最終出社日にちょっとした手続きを残すのみである。

転職は悪いことではない。けれど、胸が苦しいものだった。




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