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質量への憧憬

昨日、落合さんの写真展「質量への憧憬」に行ってきた。
デジタルデータの写真からにじみ出る、本来は無いはずの「質量」
そこへの憧れとノスタルジーが、今回の落合さんの作品のテーマのようだ。

次元が落ちると重力が無くなる。その中で「落合さんが思う質量って何だろう?」と考えながらワクワクした気持ちで行く。

そういえば僕のプロフィール写真も落合さんが撮影してくれた作品だ。

落合さんの写真展が開催されているアマナ周辺は、家から程よく近い。
普段は息子がストライダーを走らせているウッドデッキを2段上がると写真展の入口がある。

写真展に入ってすぐ、圧倒的な写真量と色々な所にあるフォトンに目を奪われて、なんだか未来的な場所だなと感じる。​

最初に目に付いた作品からもう面白い。フレネルレンズの隣にある「ススキに映像を活けてある」作品だ。

ススキという自然界が作った物質...。
自然が何かを作る時は分裂を繰り返して形状が構成されるので直線ではなく曲線になる。
二次関数のグラフの感じの曲線が入り乱れて創造されるのが自然が生んだ物質。

逆に人工物は工場での量産を前提に作られている事が多いから直線だ。

ここでは、自然物の曲線と人工物の直線が対比で表された上、人工物が朽ちると結局自然物に戻っていくから曲線に戻っていく様が見えて取れた。

なんとも美しい直線と曲線の世界が壁面の写真に多く感じられる。

そしてススキに工業製品的な四角形のモニターが活けられる。
しかし中身には自然が映っている。デジタルネイチャーを感じる。


少し進むと大きな花と枯葉の写真が4枚出てきた。
2枚は生きていて、2枚は死んでいる。

死んでいる花を見るとバロック期の静物画を思い出す。
圧倒的に美しいが死んでいる。しかし死んでいる事で自力で重力に抗わなくなった分、質量が出てくる。

生きている2枚の花はどこか切なそうだ。
生きているからこそ、写真という瞬間の中に質量が納めきれない。

この写真を見て刻々と変化している生き物は写真では掴みきれない事を知る。

生きている物はリアルには解像度が高いけど、時間が止まった世界では解像度が低い。


その奥の玉ボケの壁面。玉ボケは解像度が低いようで実は高いという落合さんの解説が面白い。
背景にいる人物の話し声が聞こえそうだという。
確かに、少しずつ違う玉ボケの反射は奥のストーリーを想起させる。

そして、壁面に並んだ多くの写真を見ると、段々テンソルに見えてきた。
写真の並びをベクトルで見ていったら途中からテンソルに変わってきて写真内で次元が上がる構成になっているように見えてきて、世の中を数学やデータで捉えている落合さんらしさが垣間見えた気がする。

上下左右、写真の奥行きを見ていると堪らなく面白い。ここにはずっといれそうだ。


そして、窓と光が屈折してきた借景。借りフォトンと勝手に名付けて楽しく見る。

自然光と自然物と人工物が織りなす光の拡散が窓から僕らにフォトンを届ける。​


さらに中に入って行くと、コンクリのブロックの上に瓶詰めされて苔が入っている。

寂イン・ザ・ボトルon昭和

寂を閉じ込めるなんてロックだ。


展示の中央近くにはブラウン管と8Kディスプレイ。
8Kに映る静止画は美しいが情報量が多そうで少ない。プログレッシブなディスプレイに映る静止画は歪まずに止まりすぎている。

ブラウン管にはインターレースならではの動きがある。
アナログに我々の視覚を騙しながら見せる手法は、動いている分、解像度が高く見える。
先ほどの草花の生死に続き、時間方向の解像度を感じる事で自分自身が生きていることを再確認する。


プラズマを操る落合さんはいつも楽しそうだ。


展示の中央近くにある。玉虫のインスタレーション。
落合さんは玉虫の持つ反射性と、空気中を走るレーザー光線が似ていると言う。

確かに似ている。他の生物のフォトンの可視領域では、玉虫の体が光を反射させることによってステルスになっているのかもしれないと思えてくる。


僕が好きな写真は落合さん曰く「風の谷のブレードランナー」という森と人工物の写真だ。

木の幹なのか、電柱なのか、光を灯す為の柱なのかわからない。人工物から枝が生えているように見えてくるし、人工物が寂びて自然物になっていく様は心地いい。
朽ちて自然と一体化する姿は仏陀の世界観にも見えてくる。


驚いたのは、スカイツリーと朝日の奇跡の一枚。
P20proの人工知能はこの写真を「日の出日の入り」と認識し、さらにドラマチックに撮る。
その結果、現物の写真より朝日っぽくなっていく。

人工知能は生きている人に対して印象的に映るように目の前の物を捉える。

そして、人工知能からしてみれば最初から重力なんか無くて、実際の風景でも写真でも処理系は変わらないという事を感じ、さらに質量への理解が深まってくる。

切り取られた風景が時間方向に生き返ってくるのを感じた。


壁面一杯に広がる圧倒的な量の写真は、落合さん以外の手でランダムに並べられていた。この辺りのランダム性は落合さんの作品の特徴だと思う。
主体的に自分が作った作品のみを置くのでは無く、ランダム性が生む自然な状態というのも落合さんの作品には入っている。

写真集の説明の辺りで話していた「二重スリットっぽくていい」というのが、作品全体に共通してくる波動使いとしての干渉縞を感じて心地いい。この壁面も段々干渉縞に見えてくる。


僕にとっての極めつけはインスタレーションから感じる強烈な光と霊性だった。速いシャッタースピードで撮影しても写る残像には、周辺の空間をフォトンで支配しようとするLEDの意思が感じられる


玉虫レーザーから立ち上る霊性


プラズマと死んだ植物にまとわりつく霊性


複雑な有機物と霊性


生きている胡蝶蘭と、霊性が作る胡蝶蘭


今回の落合さんの写真展は
・1人で向き合う時間
・落合さん本人による解説の時間
・他のアーティストや仲間との討論

3つの角度から個展を見ることが出来たのでとても良かった。

写真集が届くのが楽しみで仕方ない。


最後、仲間6人で入ったTYハーバーでの2時間は最高の時間だった。

サポートいただけたら嬉しい限りです。