バベルの塔は崩れたのか?

マストドンを初めてみたときに、あまりにもUIや機能がツイッターと同じなので、これでは「ポストツイッター」にはなり得ないな、と思った。しかし、自分で触ってみたり、ピクシブの動きなどを見たりしていて、「なるかもしれない」あるいは「今後、このビジョンがツイッターを脅かし続けるだろう」と今では思っている。

マストドンが示したビジョンとは、「価値観によって切り分けられたツイッター」である。ピクシブが開設したpawooはその先駆かもしれない。

pawooはいわゆる「オタク的なイラスト」を描く人、あるいは鑑賞するのが好きな人だけが集まってくる。従来のツイッターでは、ユーザーはそういったイラストに興味ない人から批判されるかもしれない可能性が常にあったが、pawooにはない。その「安心感」はツイッターにはないもので、「ポストツイッター」となり得る萌芽が、ここにはあると僕は考える。

現状でもツイッターはさまざまなクラスタに分かれているのだが、それがゆるくつながりを持っているのが特徴であり、ツイッターの核となる思想であろう。しかし、それは「炎上」や「他クラスタの流儀をあざ笑う」のような事故も起こしてしまう。その衝突に疲れてしまっているのが「SNS疲れ」の一側面なのではないだろうか。

今後、映画好きのインスタンス、ドラマ好きのインスタンス、野球好きのインスタンスなどができていって、それぞれで会話をし始める可能性は大いにある。

こうなると数十万人、数百万人が同じ情報をシェアし、『天空の城ラピュタ』の「バルス」のような共有体験をしていた時代は終わり、数千人、数万人規模のコミュニティが乱立して、それぞれのなかで体験を完結させる時代がやってくる。

「バルス」が盛り上がるのはジブリのインスタンスだけで、野球のインスタンスでは盛り上がらない。

今でもそうかもしれないが、ツイッターでは野球好きに「バルス」が流れてくるけれども、それが「サービスの構造的にそうならない」となるのは、大きな変化だ。

いわば「バベルの塔」が崩れ、人々がそれぞれの土地に散り散りとなり、相互間で言葉が通じなくなった状態だ。

マストドンがそこまでの規模に拡大するかは、今はわからない。しかし、「ツイッターの代替」がこれほど求められている(少なくとも数万人規模で移動が起きる)ことがわかって、動き出さないサービス提供者はいないだろう。

そうなると、ツイッターは「未知なる次のもの」に脅かされる状態が、常につづくことになる。それでサービス改善し、持ち直すのか、それとも突如現れたHOTなウェブサービスに覇権を取られるのか。それは現状ではわからないが、そういったことになり得ると示しただけでも、マストドンの功績は大きい。

ツイッターでは全員に言葉が通じていた。それが今後は、通じなくなるかもしれない。少なくとも、その可能性は生まれてしまった。

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菊池良

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