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【創作】お祭り大魔王の初舞台~座席3A~

春と風邪って何か関係あったっけ?と疑うほど毎年この時期になると鼻水が出てくしゃみが止まらなくなる、なんて思っていたらただの花粉症だった。

明日、夜行バスに乗って東京へ行くのにもし流行病だったらと心配して念のため受診をするとあっさりとそう診断された。

実は前から懸念はしていた。けれどその事実を認めたくなくて頑なに受診を避けていた。でも今回ばかりは花粉症の診断に安堵していた。例の感染症だったのなら東京に行けないところだった。
安心して気が緩んだからか、ずっとこらえていたくしゃみが出てしまった。

「ワッショッ!!」

目の前にいる先生にすみませんと頭を下げた。

「面白いくしゃみをするね。まるでお祭りみたいだなぁ」

先生の言葉に看護師たちが笑いを堪えているのが分かる。なんとなくばつが悪くなってそそくさと診察室を出た。


幼少の頃からこのくしゃみのせいで笑われてきた。くしゃみをするたびに「出た!お祭り大魔王!」「今日も威勢がいいね!」などと周りから囃し立てられた。小学生の頃はみんなを笑わせていると勘違いして、調子に乗っておどけてみせた。

「呼ばれて出てきてジャジャジャジャーン!お祭り大魔王だぞー!」

呼ばれても何もくしゃみをしたのは自分のくせにハクション大魔王よろしくランプの精を演じては、周囲を盛り上げた。そんな自分を見てみんながゲラゲラと笑ってくれるのが嬉しかった。

ただ中学に入るとなんとなく気恥ずかしさが出てきて前と同じようにはしゃげなくなっていった。さらに好きだったメグちゃんに笑われたのがショックでリアクションをすることを一切やめた。
「つまんないヤツ」「しらけるわ」と周りからは言われた。場の空気を悪くしている自覚はあったが、繊細で傷つきやすい思春期では仕方がないと思っていた。


大人しい中学時代と同じように高校も大学も静かに過ごした。言葉を交わす友人はいたが親友と呼べるようなヤツは誰もいなかった。くしゃみをバカにされるくらいならそれで良いと思っていた。一人ならくしゃみを我慢することもない。これまでも、これからも一人で過ごせば良いと思っていた。いやきっとそう思い込もうとしていただけだった。

本当はあの頃に戻りたかった。小学生の時のように周りのみんなと心から笑い合いたかった。
そのためには自分が変わるしかないことは分かっていた。たかがくしゃみ一つで塞ぎ込んでいてはダメなんだ。自分のコンプレックスも笑い飛ばすくらいじゃないと変わることなんて出来ないんだと思った。

だから僕は東京で芸人になろうと思った。昔、耳にしたみんなの笑い声が忘れられなかった。もう一度みんなを笑わせたかった。

両親の反対を押し切って僕はこの春からお笑いの学校に行く。生まれ育った帳面のーと町を出て心機一転東京で自分を変えようと決心していた…はずだったんだけど、出発の日が近づくにつれてだんだんと不安が大きくなっていた。
明日の夜行バスで東京に行ったらもう一人だ。薬局で花粉症の薬をもらったが僕の不安は治まることはなかった。


次の日、僕は帳面駅の停留所でバスを待っていた。今のところ僕の他に待っている人はいなかった。カバンからチケットを取り出して確認をする。

高速バス乗車券(Ticket)
帳面町ー東京線 バスタ新宿行き(風林火山号)

出発日時:3月〇日 21時00分 発
座席:3A
有効期限:乗車日の指定便のみ有効
※乗車券の変更・払戻は出発日前日までに行ってください

帳面交通株式会社
○○○-△△△-××××

腕時計に目をやると時計の針は20:30を指していた。周囲に誰もいないことを確認してマスクをズラして「ワッショ」とくしゃみをする。薬は飲んでいたが効いているようには思えなかった。
しばらくすると僕の後ろに一人また一人と並び始めた。5,6人の列になった時それらしきバスがこちらに向かってくるのが見えた。

停車したバスのフロントには【バスタ新宿行】の下に【春と風林火山号に乗って新宿に行こう!】というポップが見えた。何でも運転手の名前が『春』さんと言うらしい。チケット会社で見たポスターにデカデカと書かれていたのを憶えている。
大きな荷物は既に新居へ送ってあった。カバン一つの僕はバスの扉が開くとすぐに車内に乗り込んだ。座席の表示が【3A】であることを確かめて腰をかけた。

どうやら人気のバスだったらしく座席はどんどんと埋まっていった。やたらメガネをかけている高校生らしい集団も乗り込んできた。うるさいのは勘弁して欲しいと思ったが座席はバラバラなようで安心する。
スマートフォンで運行スケジュールを見ると〇〇サービスエリアに停車するのは2時間後となっていた。【22:55】にアラームをセットしてバイブになっていることを確認して僕は目を瞑った。


ヴヴヴヴヴ、ヴヴヴヴヴと揺れるスマートフォンを止める。眠気はあったがくしゃみを我慢していて結局眠れなかった。
カチカチとウインカーを出してバスは〇〇サービスエリアへ入っていく。バスが停車するとワラワラと乗客が降りていった。僕はとにかくくしゃみがしたくてバスを降りるとなるべく人気のないところへ向かった。
外へ出たからか急に鼻がむずがゆくなり「ワッショ」とくしゃみが漏れた。慌てて振り返ると何人かの姿はあったがくしゃみの音は聞こえていない様子だった。

人影が見えないところでひとしきりくしゃみをした後バスに戻った。バスの近くのベンチでメガネの男女が座っているのが見えた。手を握り合ってるように見えたが気にせずバスに乗り込む。
運行スケジュールを見ると次の△△サービスエリアまでは3時間ほどあった。念のため薬を飲んでおこうとペットボトルを手に取ると空になっていた。
バスの出発までにはまだ少し時間があった。僕は薬を持って再びバスを降りた。


薬を口に放って自販機で買った水で流し込む。薬を飲み込んでマスクを戻そうとしたその時だった。「大魔王?」と声がした。声の方には1人の女性が立っていて、僕の顔をマジマジと見るなり「やっぱりお祭り大魔王だ!」と嬉しそうに言った。

「久しぶり!さっきバスのところで『ワッショイ』って聞こえたからそうじゃないかと思ったんだけどやっぱりそうだね。私、小中しょうちゅうと同じだったメグミ。覚えてるかな?すごい偶然!何でこんなとこにいるの?ビックリなんだけど!」

興奮して早口でまくし立てる女性の顔を見た瞬間に分かった。間違いない。好きだったメグちゃんだった。あの頃と全然変わっていなかった。
僕は春から東京で暮らすため夜行バスで向かっているところだと告げた。お笑い芸人になることは伏せておいた。

「ウソ!私も春から東京で暮らすんだ。東京の会社に就職が決まってさ。今日向かっていたところ。こんなことってあるんだね」

こんなことってあるんだ、僕もそう思った。普通だったらこの奇跡の出会いにかこつけて連絡先を聞いたりするのかとよこしまなことを考えたりしたけど、今の僕はそんな気分にはなれなかった。

「実はさ、東京に就職したのはいいけどすごく不安だったんだ。今日もバスに揺られながら本当に東京でやっていけるのかずっと考えてた」

東京での生活を不安に思うメグちゃんに自分を重ねて胸が痛くなった。

「私ね、小学生の時大魔王の『ジャジャジャジャーン』ってヤツがすっごい好きだったんだ。いつもあれに大笑いしてたし元気をもらってた。あの時はホントにありがとね」

まさかお礼を言われるとは思っていなかった僕は込み上げてくる涙をグッと堪えた。

「今日は大魔王に会えて本当に嬉しかった。何だかホッとしたよ。じゃあ戻ろっか」

メグちゃんはぎこちない笑顔を僕に向けるとバスの方へと歩き始めた。僕もメグちゃんの後を追ったが、ふと立ち止まりメグちゃんに声をかけた。

「ぼ、僕は東京でお笑い芸人になろうと思っているんだ。今はまだ君を笑わせることはできないけど、いつか…いつかきっと君を笑顔にしてみせるから。頑張って面白くなって君を絶対に笑わせるから!だから君もがんbワッショーイ!!」

肝心なところでくしゃみをしてしまい慌てる僕を見てメグちゃんが笑い出した。それにつられて僕も笑った。二人の笑い声がサービスエリアの夜に溶けていく。

ひとしきり笑い終えた僕たちは並んでバスに向かった。
歩いてる途中で「ワッショイ」とくしゃみが出たけど、不思議と気にはならなかった。



おしまい


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さらに作中に出てきたメガネ軍団はこちら。


#シロクマ文芸部
#春と風
#夜行バスに乗って
#豆島さん初企画
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