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【創作】兄妹~後編~

こちらの続きになります。

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春の夢なら早く覚めてくれ、留置所へ向かっている僕はそう強く願っていた。


妹と重明おじさんの葬儀で再会してから3日後、母親から連絡をもらった。

「路子がね、路子が!刺しちゃったんだって!二人を刺したんだって!」

電話口で取り乱す母親から何とか事のあらましを聞き出した。
妹はその場にあった包丁で旦那と姑を刺した後、その足で近くの交番に出頭した。すぐに警察が現場に駆けつけて救急車を呼び二人は病院へ運ばれた。二人とも命に別状はなく現在は入院をしているとのことだった。
そのまま逮捕された妹は留置所に拘留されているようだった。警察から面会を許可された僕はすぐに留置所に向かった。母親も一緒に行くと言ったがとても連れていけるほど落ち着いてはいなかった。ただ僕も落ち着いて話が出来るかは分からなかった。


留置所で見る妹は一緒に桜を見た時からたいして時間は経っていないはずなのに、あの日より幾分か痩せこけていた。その姿に僕は思わず言葉を失った。妹に聞きたいこと言いたいことはたくさんあったが何と声を掛ければいいのか分からなかった。言いあぐねる僕をよそに妹が口を開いた。

「お兄ちゃん、ごめん…ごめんね」
「お前、どうしてこんな…」

(どうしてこんな馬鹿なことをしたんだ)、そう言いかけて噤んだ。どうして?そんなことは決まっている。あの二人がそれだけ憎かったからだ。妹にはもう耐えられなかったからだ。僕の言いかけた言葉を察したのか妹はゆっくりと話を始めた。

「お兄ちゃんと会ってから私なりに頑張っていたんだけどね。あの日、二人から夕ご飯が不味いと言われたの。それだけならまだ耐えられた。けれどお義母さんは私にこう言ったの」

妹は声を震わせながら続けた。

「『子供も出来ない、料理も出来ない、あなたは何のためにこの家にいるのかしら?』そう言って私を笑ったの。あの人も一緒になって私を笑っていた」

妹の目から大粒の涙がこぼれた。僕はハンカチを渡そうとジャケットの内ポケットに手を入れた。だけど目の前のアクリル板を前に諦めてすぐに手を引っ込めた。

「気が付いたら二人が血を流して倒れていて、私の手には包丁が握られていた」

妹はそう言うとこぼれ落ちる涙を何度も拭った。妹と再会したあの日、妹はもう限界だったのかもしれない。それに気付けなかった自分の愚かさを恨んだ。

「お兄ちゃん、私はもう一度咲くことはできなかったよ」

表情を落とした妹に僕は躍起になって言葉を紡いだ。

「そんなことない!あの二人は助かったんだ!だからお前はもう一度咲くことができる。きっとまたやり直せるさ」

妹と僕を隔てるアクリル板を叩いて必死に妹に訴えた。こんなことで妹の人生を終わらせてはいけない。妹を守るのは兄である僕の役目だとそう信じて必死で妹に伝えた。
だけど妹は僕の言葉にかぶりを振ると静かにでもはっきりとこう答えた。

「違うの、お兄ちゃん。あの二人が助かったからやり直せないの。あいつらが生きている限り私は咲けない、二度とサケナイノ

感情の無い顔でそう言い放った妹に僕はそれ以上何も言えなかった。
そしてこれが僕が聞いた妹の最後の言葉になった。


いつものように駅を出て会社までの道のりを歩く。桜並木は半分ほど葉桜になっているがそれでも花吹雪はまだ華麗に舞っていた。ヒラヒラと舞い落ちる花びらを眺めながら妹の言葉を思い返す。

「あいつらが生きている限り私は二度と咲くことができない」

あの二人はまだ生きている。
あの二人が生きている限り妹は幸せになれない。
重明おじさんは妹を守れと僕に言った。
妹を守るために僕は何をすればいいんだろう。
妹のために僕がやらなければいけないことは_


僕は歩みを止めて携帯を取り出した。母親の番号をタップして電話をかけた。

「あ、母さん。急で悪いんだけどさ。路子の旦那さんと姑さんの入院先って分かるかな?うん、やっぱり一言詫びを入れておこうと思って。いや一人で大丈夫だって。うん、県立総合病院ね。ありがとう」

電話を切ってすぐに病院のホームページを調べる。住所と面会時間を確認した後、踵を返して駅へと戻った。


一度自宅に戻った後、タクシーで病院まで向かった。病院の正面玄関でタクシーを降りるとそこには数本の桜の木が植えてあった。その桜たちは駅近くにある散り際の桜並木とは違って満開に花を咲かせていた。
堂々たるその姿に妹の未来を思わず重ねた。

院内に入りすぐに受付へ向かった。親族だと告げて二人の病室を教えてもらいエレベーターに乗って3階病棟で降りる。エレベーターの横にあるフロア図で部屋番号を確認して病室の方へと足を進めた。病室に入ると二人以外に人は見当たらなかった。カバンの中の包丁を右手でしっかりと握る。見開いた目でこちらを見ている旦那の方へ小走りで向かった。


姑が大きな悲鳴を上げたからもう間も無く人がやってくる。だけどもういい、僕のやるべきことは全て終わった。赤く染まった病室の窓からヒラヒラと舞う桜が目に留まった。

「お前はお兄ちゃんなんだから妹を守るんだぞ」

重明おじさんの声が頭の中でこだまする。
叔父さん、僕はちゃんと妹を守ったよ。

これで妹はもう一度、サケルネ。



おしまい


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こちらの企画に参加しています。

#シロクマ文芸部
#春の夢

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