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東京の自転車環境について元NYC交通局長が語ったこと: ジャネット・サディク=カーン東大講演抄訳・解説

5月24日に東大で行われた現NACTO代表のジャネット・サディク=カーンさんによる講演の抄訳と解説です。ここでは特に自転車環境について語っておられた箇所を訳出し、補足説明を加えました。

講演全体の流れについてはツイッターのハッシュタグ#streetfightjapantourや国交省のレポートを読んで頂ければ概ね掴めるかと思います(レポートは20日の三田のものですが、トーク本編の内容は基本的に同じです)。

Parking-Protected Bike Lanesの導入

・・・というわけで、私たちはニューヨークで積極的な取り組みを進めました。これはアメリカ国内で初めての"parking-protected bike lane"(駐車車両によって物理的に保護された自転車専用レーン)の写真です。

ここでやっていることは非常にシンプルです。駐車車両を移動させ、路肩から離れた位置に持ってくれば、このように素晴らしい新型の自転車専用レーンが出来上がります。費用は殆どかかりません。

駐車スペースを残したというのも高く評価できるポイントです。ご存知の方も多いかと思いますが、交通の仕事をしていると、駐車スペースの廃止に対し、あたかも誰かの初めての子供を奪い取ったかのような反応をされることがあるのです。

物理的に保護された自転車専用レーンの整備は、自転車を市内の移動における現実的な選択肢、それも代替的・補助的な移動手段ではなく、主要移動手段(の一つ)に引き上げるためのとても良いアプローチでした。

都内にも品川駅近くの都道480号線と白山にparking-protected bike lanesに近いレイアウトの自転車レーン(自転車専用通行帯)が存在しますが、ニューヨーク市のものと違ってドア開けを考慮した余白(door zone buffer)は設けられていません。なおニューヨーク市の自転車レーンの物理的な保護は駐車車両によるものとは限りません。

自転車空間ネットワークの拡大

私たちは急ピッチで自転車利用のための下地を作っていきました。これは2007年のニューヨーク市内の自転車走行空間の整備状況を表した地図です(訳注: 物理的分離を伴わないものも含む)。

こちらが6年後、2013年のもの。6年で644キロメートル(400マイル)の自転車走行空間の整備を行いました(訳注: 物理的分離を伴わないものも含む)。

ニューヨーク市の資料(PDF)によれば、2018年における物理的に保護された自転車走行空間の総延長は772キロメートル(480マイル)。

物理的分離が世界のスタンダードに

そして今、こうした物理的に保護された自転車走行空間が世界中に広まっています。これが世界の街路の新しいスタンダードになったのです。

東京の現状とポテンシャル

東京(23区)はどうかというと、移動に自転車が使われる割合が16%を超えているのに、自転車走行空間の総延長はたったの100キロメートル(*)。これは悲しいことです。あんまりです。年内には200キロメートルになるということですが。

ニューヨーカーの16%が自転車で移動するようになるなら、私だったら何でもします。東京は自転車の走行インフラが殆ど無いのに自転車移動が16%を超えているのですから、少し予算をかけて走行空間を整備すれば、コペンハーゲンやアムステルダムと肩を並べられるでしょう。東京は(基本的に)平坦で密度も高い、自転車移動にもってこいの都市です。

*2012年10月の「東京都自転車走行空間整備推進計画」(PDF)によれば2011年末の時点での整備延長は112キロメートルで、そのうち物理的分離を伴わない自転車レーン(自転車専用通行帯)が8.7キロメートル、広い歩道(=自転車歩行者道)内の自転車通行指定部分(現行法では徐行義務の適用外)が58.9キロメートル、河川敷などの自転車歩行者共用空間が44.4キロメートル。

シェアサイクルは走行空間があってこそ

さて、自転車利用のための下地を作ったのち、私たちの関心はおのずと自転車シェアリングに向かいました。私たちはシティバンクにスポンサーになってもらい、1500万ドルの提供を受けてCiti Bikeを立ち上げました。税金は全く使われていません。[中略] 現在ニューヨーク市の街角では12000台のCiti Bikeが稼働中です。

東京が自転車シェアリングに取り組んでいるというのは素晴らしいことですが、もし走行空間を本格的に整備したら、モビリティーの魔法とでも言うべき光景が広がることでしょう。

閉会後の質問に対して頂いた回答

ディスカッションの最後に会場からの質問を受け付ける時間がありました。前日にジャネットさん一行と都内を少し自転車で走る機会に恵まれ、そこでも整備形態のことが話題になったので、その辺りを会場でも明確に語って頂こうと手を挙げていたのですが残念ながら時間切れに。次の機会はいつになるか分からないと思い、新幹線に乗るため早足で移動する彼女を追いかけて物理的分離の重要性について一言コメントを頂きました。

物理的に保護された自転車空間であれば、誰もが安心して走れます。それが何より大事なこと。

前日の実走プチツアーについてはまた改めて書こうと思います。

ジャネットさんについて

“If you can change the street, you can change the world”
「街路が変われば、世界が変わる」
 こう唱えて、ニューヨーク市の街路ひいては街そのものに変革をもたらしたのがジャネット サディック=カーン氏です。ブルームバーグ市政でニューヨーク市交通局(NYCDOT)の局長を務めた同氏は、在任期間にブロードウェイの歩行者専用化、タイムズスクエアの広場化、シティバイクの導入など、様々な改革を成し遂げてきました。こうして長らく自動車に占拠されていた街路は再び人々の元に返され、以来ニューヨークの街はより一層活力に満ちています。
今回のセミナーツアーのサイトに記載の紹介文)

本ページのトップ画像はジャネットさんが用意した渋谷スクランブル交差点の(ざっくりした)改良イメージ。観光客に人気のあの場所を「自動車にスペースを割き過ぎている」と切ってみせたのは鮮やかでした。

脚注("bike lane"の訳語について)

ジャネットさんが使っている"bike lanes"という語を、ここでは後半にかけて「走行空間」と訳しました。その理由を以下に記します。

英語で"bike lane"と言う時、その自転車(専用)レーンが
・物理的に保護されたもの(protected bike lane)か
・ペイントで車の走路と分離されているだけか
は分かりません。後者が路上駐停車で塞がれ使いものにならなくなるという問題は世界共通で、各地で物理的分離を求める動きが起きています。ジャネットさんがparking-protectedレイアウト導入について話している箇所でも、整備前の写真に既にペイント分離のみの自転車レーンが存在しています。

次に日本語の内部の事情を考えてみると、日本の行政の慣用としては道路交通法に定められた自転車専用通行帯を「自転車(専用)レーン」と呼ぶことが多いです。専用空間としての法律上の権利の伴わない法定外自転車レーンも全国に存在しますが、いずれにしても「自転車レーン」は物理的な保護が伴わないものを呼ぶのに使うのが普通です。

こういうわけで、"bike lane"をそのまま「自転車レーン」と訳してしまうと物理的な保護という大切な要素が抜け落ちてしまう可能性が高くなります。日本には現在「自転車道」や自転車歩行者道内の自転車通行指定部分といった物理的保護を伴う整備形態があり、これらを除外しない包括的な訳語として、本稿では「自転車走行空間」を用いました。

幹線道路の車道に自転車マークを描いただけのものを行政が「自転車走行空間」「自転車通行空間」として整備延長に計上しているという現実もありますが、言うまでもなく、それらはジャネットさんが作れと言っている走行空間ではありません。


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