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ニューヨークが自転車の街になっていた(2016年秋)

2007年の夏まで住んでいた

2007年の夏に、2003年から暮らしたニューヨークを離れた。アパートを引き払い、モーターサイクル(ヤマハRZ350RとカワサキGPX250)で西海岸へ。True love don't lie(本当の愛は嘘をつかない)。もっとアメリカを知りたい、その大地を走りたいという気持ちを形にできた、最高の旅だった。

2011年秋の短期滞在

東京で生活していた2011年、東日本を大災害が襲って、自分が役に立てそうなところに何度か足を運んだりしたけれど、少し疲れて秋に2週間くらいニューヨークへ戻った。セントラルパークでボルダリングばかりしていたように思う。クイーンズの友達の家に泊めてもらっていたので毎日ノンビリしていた。

鉄道高架跡を利用した遊歩道がマンハッタン西部にできたばかりで、どんな感じか見に行ったけれどそれほど惹かれもせず(人の少ない早朝などは良いかも知れない)、ミッドタウン西部のバスの来なさに改めてうんざりした記憶がある。それで地上の移動に自転車を使ってみたらなかなか便利だった(自転車は小さい店で借りた)。

全体的に、前より自転車に乗っている人が増えているとは感じた。特に顕著だったのは、若者や学生の存在感の強いユニオン・スクエア周辺。アスター・プレイスのオブジェ(押すと回る)のところなんかは、かつては台座に腰かけて談笑している人が多かったのだけれど、ちょっとした駐輪場みたいになっていた。それでも駅周辺に駐輪専用のビルがあったりする日本の街に較べれば、ニューヨークの自転車ユーザーはまだまだ少なかった。

2016年秋の短期滞在

5年が経ち、またムズムズと行きたくなって、行った。今回はミッドタウンの安くてデカいホテルに宿泊。すぐにGとネズミが出たがそんなものである。街で目についたのは、青い車体のCitiBike。無人のポートからポートへ片道利用できるシェア自転車だ。宿の脇もそのポートになっていて、ママチャリ的な形の青いのが20台は並んでいる。色んな人がそこらを乗って走っている。ちょっと見ないうちに、一つの新しい交通システムが誕生していた。

宿の隣のブロックにも40台くらいの規模のポートがあり、常に誰かが貸出や返却の操作をしているような稼働率の高さ。ポートの密度と車体の数がやはり圧倒的で、幅広い層のCitiBike利用を生んでいると感じた。他の自転車ユーザーも明らかに多くなっていたが、これは走行空間の進化によるものだろうと思う。自分が居住者だった頃の大通りは、少なくとも原チャリ以上の動力性能がなければ走る気にならないような、自動車オンリーの道路環境だった。

マンハッタン中心部の自転車走行空間は、10年ほど前に較べて驚くほど良くなった。「parking-protected bike lane」と呼ばれる、オランダやデンマークに倣った新しいレイアウトの自転車レーンが、南北の大通りに連続的に整備されている。旧型の自転車レーンは路駐車で塞がれがちだったが、〈車道、駐車帯、ドア開け等を考慮した余白(buffer 緩衝帯)、自転車走路、歩道〉というこのレイアウトでは、路駐車に自転車レーンを保護させているのだ。

これなら滞在中の足に自転車を使えるな、と思った。地下鉄みたいに臭かったり(夏場は臭い)、工事で行き先が変わっていたり(貼り紙やアナウンスに注意していないと目的地と違うところに行ってしまうことがよくある)ということがない。街の景色や空気も楽しめる。そんなわけで、自分たちもCitiBikeを活用してみることにした。

実際のところ、非居住者にとってCitiBikeは結構ハードルが高い。定期会員でないと割高だし、ポート間の移動は30分までと短い。この時間制限が曲者で、オーバーすると超過料金が発生する(した)。返却しようと思ったポートが満車の場合は端末を操作すると時間を足してくれるシステムなのだが、ラックの故障などで満車の判定ができていなかったりもする(やられた)。これらを考慮すると、ポート間の移動は概ね20分以内、予め複数の返却候補地を把握しておく(専用アプリがある)、という利用法になる。慣れるとそんなに慌ただしくない。歩行と上手く組み合わせると身軽さが活きる。

公園や博物館に行ったり、お茶を飲んだり、買い物をしたり、ちょこちょこポケモンGOをやったりしながら、路駐車に保護された自転車レーンを使って、秋の初めのマンハッタンを走った。1番街、2番街、ブロードウェイ、6番街、8番街、9番街、コロンバス街・・・(順不同)。余白もあって狭くないし、とにかく車と混走しなくていいので安心感が高い。子供を後ろに乗せて自転車で移動している女性、なんて日本では当たり前なんだけど、10年前のニューヨークで見た記憶はない。そういう風に自転車を利用できる街になったんだ。

もちろん課題はまだまだ沢山あって、東西方向の道路は殆ど自動車と自転車が分離されていない環境だったり、どこも路面が悪かったり、自分の自転車を駐輪するための環境が未発達だったりする(CitiBikeのようなシェア自転車のメリットの一つは空間の有効利用)。でもニューヨーカーはガタガタ、ボロボロに慣れてるから割と平気なんだな。仕上がりの粗さはあるけれど、自動車オンリーだった道路空間の再配分という根本的な問題に正面からぶつかって、一気にやってのけたニューヨークは凄い。安全な自転車走行空間の計画的な整備においては、日本のどんな都市よりも先をいっている。

ニューヨークの自転車利用環境を大きく変えた功労者の一人が、市の交通局長だったジャネット・サディク=カーンさん。彼女のユーモアたっぷりのスピーチ(2013年)からは、都市と街路の持つ可能性、そしてその実現について多くを学ぶことができる。ユニオン・スクエアの近くの書店で、出版されたばかりの彼女の著書『Streetfight』を買った。路上の喧嘩、もとい、街路をめぐる闘いの記録。

マンハッタンには、走る気持ち良さを味わうのにとりわけ適した道もある。セントラルパークの中もおすすめだし、ハドソン河に沿って走るハドソン・リバー・グリーンウェイの自転車道は解放感が素晴しい。後者は途中にCitiBikeのポートもあるので、超過料金なしで散策を楽しむことも可能。水辺からニュージャージーを眺めてボーっとするのも悪くない。

バッテリー・パークから自由の女神の姿が見えて、思わず胸を打たれた。変わっていくけれど、あるいは変わっていくからこそ、変わらないニューヨーク。久々に訪れてその荒々しさに少し参ったりもしたけれど、やっぱりここが自分の精神のホームタウンなのだと感じた。

マンハッタン島の南端を回って東側にも自転車道は続いている。ハドソン河の方と較べると狭かったり高速道路下で暗かったりするものの、ブルックリンへの三つの橋を見ることができるし、これはこれで面白い。歴史あるブルックリン・ブリッジを渡るのも楽しいだろう。

実走はできなかったが、クイーンズボロ・ブリッジも自転車で通行できるようだ(スパイダーマンの映画に出てきたロープウェイから撮影、個人的には最も馴染みのある橋)。延長上に続くクイーンズ大通りでも自転車道の整備が進んでいて、地元NPOのTransportation Alternativesなどがこの動きをプッシュしている。

隙間時間でまたセントラルパークにボルダリングをしに行って、ドイツから働きに来ている青年に会った(だいたいみんなすぐ仲良くなって交代で登る)。クラッシュパッドを背負っての自転車移動、めっちゃかっこいいよね。

そんな感じで結局、到着から数日はメトロカードも買わずに自転車でマンハッタンをめぐり、それが割と無理なくできてしまう街になったんだな、と、自転車愛とニューヨーク愛を高めて日本への飛行機に乗った。空港で買って読んだ雑誌『Bicycling』(2016年9月号)には、大人になってから初めて自転車に乗った人たちをフィーチャーする記事が載っていた。プエルト・リコからニューヨークに移り住んだ62歳の女性はこう語る。

自転車に乗る私の姿を孫に見せたいんです。そうすれば、ある年齢になったからといって人生はストップしたりしないって分かるはずだから。

ストップしない街、次に帰る時にはどんな風になってるんだろう。

おまけ

もう少し詳しく道路のことなどを読みたい方は、「Citi Bikeとゆくニューヨーク構造分離自転車レーン探訪(2016年9月)」をどうぞ。今回の文章のメイキング映像のような感じの内容です。

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